呼吸と鼓動
過呼吸

悠貴side

窓辺の椅子に座ってコーヒーをお供に読書をする。窓から差し込む光が心地よい。


我ながら優雅な休日だ。


今日はまだ何も食べていないのでブランチを作ろうかと椅子から立ち上がる。



その時スマホが鳴る。



患者の急変かと思いスマホを手に取る。

ディスプレイに表示されたのは未登録の番号。



"はい、五十嵐です。…もしもし?"


"ハァッハァッ…先生…苦しい…"



泣きながら電話をかけてきたのは葵ちゃん。


"葵ちゃん?"


"ハァッ…うんっ…"



明らかな過呼吸の症状。救急車を呼ぶ必要はないだろうと判断。


"すぐ行くから楽な体勢取ってゆっくり呼吸してて"


"ハァッ…ハァッ…"


苦しそうな息遣いが聞こえてくる。



"息吐くことだけ意識して。

大丈夫、葵ちゃんならできるよ"



病院に彼女の自宅の住所を確認してカーナビに入力する。



"今玄関前にいるよ。鍵開けられる?"



しばらくしてカチャッという音がして鍵が開く。

僕の胸元に倒れ込んで来た。



「おっと、とりあえず部屋に戻ろうか。

…おじゃまします」



靴を脱いで、ヒョイとお姫様抱っこする。

ソファに下ろして背中をさすりながら左手で脈を取る。



「もう大丈夫。安心して」


痛みと苦しさに顔を歪める。胸元をぎゅっと握りしめて必死に耐えている。


「力抜こう。リラックスして。

ちょっとごめんね」



パジャマのボタンをいくつか外して胸元を見てみると爪を立てたような傷が無数にある。同じ傷跡が腕にも。




彼女は我慢強い。


思わずぎゅっと抱きしめる。


「辛かったね…。よく頑張ったね」


抱きしめたまましばらく背中をとんとんする。



「もう平気…」


「落ち着いた?」


「こうなったの今日が初めてじゃないでしょ?」



躊躇いがちに頷く。


やっぱりな。



「ごめんなさい」


「…ん?」


「お休みだったんでしょ?」


「大丈夫、気にしなくていいよ」






「せっかくだからついでに胸の音聞かせて」


カバンから聴診器を取り出す。



「喘息の方は良さそうだね。

やっぱり息すると痛い?」


コクンと頷く。


痛み止めは効果がみられなかったが痙攣を和らげる薬なら効果があるかもしれない。
それにプラスして抗不安薬。過呼吸にはあれが効果がある。


「新しいお薬使ってみようか。

今日は外来休みだから明日の夕方仕事帰りに届けるね。病院まで取りに来てくれてもいいけど大変でしょ」


「キッチン借りてもいい?」


近くのスーパーで食材を買って料理を作る。


「一緒に食べよう」
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