あの夏の隣で、ただ
「え、吹奏楽部……?」
どうして、と僕が聞くより先に、彼女は興奮したように早口で説明し始める。
「あのね、私、吹奏楽部に入ってるんだけど、部員がすっごく少なくってね。おまけに先輩たちはサボってばかりで全然練習にならないし、パート練習の時はいつも一人で寂しいんだ」
「だから、僕を誘ったの?」
「うん、そういうこと。よかったら見学、来てみない?」
「えっ、でも……」
────“男のくせにピアノなんて、気持ち悪い”
昔、いじめっ子たちに言われた言葉が頭を過ぎる。
吹奏楽部なんかに入ったって、どうせまた、「男のくせに楽器なんか」って……
「大丈夫大丈夫。吹部には男子もいるから。……今は1年生一人だけなんだけどね」
僕の考えを見透かしたかのように、彼女はそう告げる。
「君は、音楽って好き?」
その問いに、僕は顔を上げた。
「……まあ、一応」
……本当は、音楽が、楽器が好きだ。けれど、ピアノをやめてしまってからずっと、それは格好悪いことだと思っていた。だから、こんな曖昧な答えしか出せないのだ。
「なら、一度見学に来てみてよ!今日は部活休みだけど、明日は練習日だからさ」
「……わかった」
彼女の押しの強さに負けて、僕は頷いてしまう。
「本当!やったー!それじゃ、明日の放課後、迎えに行くから!」
彼女はそう言って、再び最初に座っていた階段に戻っていこうとする。が、2、3段登ったところで再び振り向いた。
「そういえば、名前、聞いてなかったのね。何組?何て言うの?」
「B組の……松本蒼汰」
「蒼汰くんね。オッケー、ちなみに私はA組の柏木舞。舞って呼んで」
「えっ!?で、でも……」
初対面の女子をいきなり名前で呼び捨てなんて、そんなの僕にはハードルが高過ぎる。
「柏木さん、じゃ、だめ?」
「だめ。舞って呼んで。私、その……名字で呼ばれるの、好きじゃない」
一瞬、彼女の表情が曇る。
「で、でも、流石にいきなり呼び捨ては……あれだから……舞さん、で」
「シャイだなー、もう。まあいいや、いつでも呼び捨てにしてくれていいからね」
そう言うと彼女は、再び屋上に続く階段を登り始める。