あの夏の隣で、ただ
「あっ、そうだ、ソウくん」
「え……!?」
振り向きざまに、聞き慣れない呼び方で僕を呼び止める舞さん。
ソウくん、だなんて……
「君は、どうしてここに来ようと思ったの?」
「え、えーっと、僕は……」
いじめられていることを正直に告げようか迷っていたが、先に彼女の方が口を開いた。
「まぁ、こんな所に一人で来るってことは、何かしら事情が……まあ、言いたくないなら、いいけど」
そう言うと彼女は再び階段に腰掛けて、紙袋から漫画を取り出す。
「舞さんこそ……何かあるの?」
恐る恐るそう聞いてみる。
「私はね……うーん、何て言ったらいいの、その……」
彼女は一瞬口ごもるが、すぐに続ける。
「あまり、家に帰りたくないんだ」
どこか寂しげにそう告げる声で、彼女は彼女なりの複雑な事情があるんだろうと、僕は察した。
「そうか。じゃあ……いつまでもここにいたら、悪いね」
足元に置いた鞄を拾い上げて、僕は帰る準備をする。
「え、ソウくん、もう帰っちゃうの?……じゃあ、明日、B組の教室に行くから。見学、絶対来てね」
笑顔で告げる彼女に、僕は力強く頷く。
────吹奏楽部か……
彼女と別れ、階段をゆっくりと下りていく間、明日のことに思いを馳せる。
……そこに行けば、僕の居場所は見つかるのだろうか?