その歪な恋情は、血の匂いを纏ってあえかに微笑む
「茉莉。彼氏とはもうキスした?」
「……っ……」
俺の質問に真っ赤になって身を固める茉莉を見て、その嬉しさからクスリと小さく笑い声を漏らす。
「……そっか、まだなんだ。じゃあ練習だと思えばいいよ」
開いていた距離をグッと縮めれば、そんな俺から逃れようと後ずさる茉莉。その細腰をグイッと掴んで引き寄せれば、華奢な茉莉の身体はいとも簡単に俺の腕の中へと収まった。
「……っ、蓮! 変な冗談はやめてよ!」
「冗談……? さっきキスしたばっかりなのにもう忘れた? 冗談なわけないだろ」
こんな状況でさえも、冗談として処理されてしまう茉莉の中での”俺”という存在。どこまでいっても茉莉にとって結局俺はただの”幼なじみ”で、それ以下でもそれ以上でもない。男としてすら見てもらえていないのだ。
その事実が酷く苦しくて、俺の気持ちは宙ぶらりんのまま激しさを募らせ激情した。
「……っ、……や……!」
逃げられないようガッチリと茉莉の頭と腰を引き寄せると、噛みつくようなキスを何度も繰り返す。どうにかして離れようともがく茉莉は、俺の胸を懸命に押しやるも到底男の力に敵うはずもない。
より深いキスへと変わる頃には、互いに息つく暇もなく呼吸は乱れ、その荒い呼吸音だけがやけに官能的に脳内に響く。
腕の中にいる茉莉の手からは小刻みな震えが伝わり、その力はとても頼りなく脆弱で、俺の胸を押しているのか縋っているのか──もはやそれすら分からない。
妙な征服感と高揚感に酔ってきたせいか、これは茉莉が自ら俺に縋っているのだと。そう自分の都合のいいように錯覚してしまいそうになる。
「……っ!」
鋭い痛みに咄嗟に顔を離すと、俺は噛まれた唇を拭いながら茉莉を見つめた。
先程俺がつけたばかりの傷痕はしとどに濡れそぼり、乾くことを許されない傷口からは未だにじんわりと血が滲んでいる。
「……っ、やめて! 蓮は……っ、私の一番大切な人なのに!」
涙に濡れる瞳で俺を睨みつけた茉莉は、それだけ告げると飛び出すようにして部屋を後にした。
(一番大切だっていうなら、なんで彼氏なんて作ったんだよ……)
俺の思う”大切さ”と茉莉の思う”大切さ”は全く別のもので、どこまでいっても重なり合うことのないその想いに、深い哀しみと絶望は更に膨らんでゆく。
それと同時に、この期に及んでもまだ”大切”だと言ってもらえたことに嬉しくも思う。
それはとても矛盾した感情で酷く歪なもので、ドロドロとしたものが全身を駆け巡っては俺を苦しめる。
「……っ茉莉……。茉莉……っ」
唇に付着した茉莉の血を舌で舐め取れば、それは俺の血と混ざって喉の奥へと流れた。
茉莉の細胞はこうも簡単に俺と混じり合うことができるのに、決して手に入れることのできない茉莉の”心”。その切なさに激しく想いを募らせると、痛む胸元をギュッと抑えて一人静かに涙を流した。
──中学三年の初夏。
初めてのキスは、酷く鉄臭い血の味がした。