Lunatic
「だから宮村を……?」


瀬畑が口を挟むと、咲は頬に空気を含ませた。


「人の話は最後まで聞くものよ?」


そして黙っていろと言わんばかりに人差し指を唇にあてた。


その仕草に目を奪われたのは、瀬畑だけではなかった。


瀬畑が口を閉じたところを見て、咲は笑みを零した。


「先生がナイフを離すと、そこから赤い液体が滲み出てきたわ。血って簡単に流れ出るのね、なんて思っていたら、じわじわと痛みが広がってきた。私は、その感覚の虜になった」


一歩。
後ろに下がって咲と距離を取ろうとするが、それすらもまともに動かなかった。


目の前にいる危険な人物から逃げなければと思っても、全身が岩のように固くなっていた。


「それから私たちは、お互いの欲求を満たすために、人のいない場所で会うようになったの」


咲の腕に目を背けたくなるほどの傷があったのは、そういう理由だったのかと、ギリギリ考えることができた。


咲が宮村に呼び出されたのは、ゴールデンウィーク明けが初めてだと言っていた。
今は九月中旬。


つまりあの傷は、約四ヶ月分のもの。


「……それだけ会っておいて、どうして……」


小河は震える声で尋ねる。
今度は話の邪魔をされたと思わなかったのか、咲は不服そうにしなかった。
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