最後の一夜のはずが、愛の証を身ごもりました~トツキトオカの切愛夫婦事情~
私は一年前、二十四歳で政略結婚をした。家族や同僚から「そろそろ子供は?」と聞かれることが多くなってきたし、結婚の次に望まれるのは跡継ぎだろうと自分でも思う。

しかし私たち夫婦は約一年、そういう行為はおろか寝室も別で、夜の営みとはまったく無縁の生活を送ってきた。

夫は食事と睡眠をとるためだけに帰宅し、私は彼が仕事に専念できるように家事をする。そんな状態だったので、妻というより家政婦と呼ぶほうが合っていたのだ。

──数週間前までは。


一絵(ひとえ)……忘れるなよ、俺に抱かれたこと』


忘れられるはずがない。あの甘くて切ない一夜を。

彼と身体を重ねるのは、それが最初で最後になるはずだった。だから彼の体温も、吐息交じりの囁き声も、特別な微笑みも、私の五感すべてに刻んだ。

それなのにまさか、思い出以上に大切なものが私の中に残るなんて。


帰宅したマンションのトイレから出た私は、しばらく細長いスティックを持ったまま動けずにいる。

小さな四角い窓に、くっきりと浮かぶ縦線。現実をまざまざと突きつけてくるそれを見下ろして、私は途方に暮れた。

愛する人との子供を授かるのは、とても奇跡的で幸せなことだけれど、素直に喜んでいいのだろうか。

私たちは、離婚すると決めたのに──。


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