最後の一夜のはずが、愛の証を身ごもりました~トツキトオカの切愛夫婦事情~
取り残されたのは増田だけ。居心地が悪そうに顔をしかめている彼に、俺は挑発的な笑みを向ける。


「まだ言い足りないことがあれば聞きますが」
「……今日のところは降参します」


彼は悔しさと決まりの悪さを交じらせたような表情で言い、眼鏡を押し上げた。

まだなにかしでかす雰囲気もなくはないが、今の言葉はほぼ負け惜しみだろう。社員に不満を抱かせようとした計画は失敗したのだから。

おとなしく総務部に戻っていく彼を見送り、俺と瀬在はひとまず修羅場を乗り切ったことに胸を撫で下ろした。


ひと悶着起こしている間に休憩時間は少なくなり、急ぎめで昼食を食べる。そうして慌ただしく午後の予定に向かおうと、ビル内の廊下を歩いていたとき、スマホが鳴った。

着信の相手は一絵だ。仕事中にかかってくることは珍しく、先ほどの告白のくだりもあって、なんとなくドキリとしつつ応答する。


「一絵、どうした? 悪いが、これから役員会なんだ」
『すみません、忙しいときに。あの……実は破水しちゃって、これから病院に行ってきます。たぶんこのまま入院になるかな』


……破水? 入院?

ぴたりと足を止めて、両親学級でも聞いた言葉を頭の中で反すうし、俺はギョッとした。
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