最後の一夜のはずが、愛の証を身ごもりました~トツキトオカの切愛夫婦事情~
「紅葉も、桜も、見に行きますからね……っ! 慧さんがいなきゃ、寂しいから」


紅葉は、もみじ単体なら赤だとわかるが、緑の山の中に混ざっていると見つけにくい。だから、人は綺麗だと言う景色が俺にはそうも思えなかった。

桜吹雪は美しいと感じるし、八重桜はピンクだとわかるが、ソメイヨシノはすべて白だと思っていた。

一絵は俺の見え方を自分なりに理解して、同じ景色を楽しもうとしてくれているのだ。


「補い合えば、いいんです……。夫婦って、そういうものでしょ?」
「一絵……」


汗だくになって微笑む妻が、なによりも美しく、愛おしい。彼女を見つめる瞳に熱いものが込み上げ、視界が揺れた。

自分が一番苦しんでいるときに、俺のことを考えているなんて。君は、なんて強い人なんだろう。

彼女の懐の広さ、偉大さに感動し、細い手をしっかりと両手で握った。

ほどなくして子宮口が全開になったと告げられ、今度は我慢ではなくいきむよう指示された。さすがに話す余裕もなくなり、意識はすべてわが子へと向けられる。

壮絶な痛みに耐えながら、何度も力を込める一絵を見守るのもつらく、数十分が永遠のように長く感じられる。
< 248 / 274 >

この作品をシェア

pagetop