独占欲強めな外科医は契約結婚を所望する
逆プロポーズは単刀直入です!
時刻は午後十時過ぎ。誰もいない医局の片隅で、私は今夜も顕微鏡を覗いていた。
オペ技術を向上させるには、実際にオペを経験するか、先輩医師の技術を何度も見て、練習するしかない。
ハサミ、吸引機、バイポーラ。昼間見たオペで、それらの器具を華麗な手つきで操っていた、小田切先生の手の動きを思い出しながら、顕微鏡のわずかな視野の中で手を動かす。
医師としてはまだ若い三十六歳にして、天才脳外科医と呼ばれている彼の技術に、少しでも近づくために。
脳の外科手術はわずかな操作のズレで患者の死を招く、繊細なものだ。だから、たとえ私の手元にあるのが生身の患者でなくただのガーゼだとしても、一瞬も気を抜くことはできない。
そんな、張りつめた緊張感に身を置いていた私の耳に、ふと誰かの足音が近づいてくるのが聞こえた。それでも目の前の作業に集中していると、医局のドアが開く。
「またこんな遅くまで残ってる……。愛花先生、もう帰りなよ」
この甘ったるい低音ボイスは、先ほどから私の頭の中で完璧なオペを繰り広げる小田切純也先生だ。
優れた脳外科医である彼はこの病院の御曹司でもあり、病院中のナースの憧れの的である。
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