独占欲強めな外科医は契約結婚を所望する
「わかりました、帰りますよ」
立ち上がって白衣を脱ぎ、帰り支度を始める。
「あ、よかったらこれ……試供品だって。昼間黒瀬さんが置いてった」
彼が差し出したのは、ピンク色の可愛らしいラベルに【女子力アップ】と書かれたドリンクの瓶。自分でのお金ではとうてい買おうと思えない、お高めの美容ドリンクだ。
ちなみに黒瀬さんというのは、病院に出入りしているやり手のMRの女性で、美人で色っぽく、うちの医局の男性陣は彼女が来るといつも鼻の下を伸ばしている。
……私にも、彼女みたいな色気を身につけろってか。
「いりません。じゃ、お先に失礼します」
「そう? じゃ俺が飲もうっと。お疲れさま~」
……飲むのか。小田切先生の魅力がこれ以上アップしたら、ファンのナースたちが黄色い声をあげる回数が増えて、仕事やりづらいって。
胸の内でそんなことを呟きながら、私は医局を後にした。
病院の敷地を出ると、左右にまっすぐに伸びた桜並木がある。枝先にはもうすぐ咲きそうに膨らんだ芽が、ちらほら。
もう、三月も半分過ぎたんだっけ……。
時の流れの早さを感じながら、並木道をゆっくり歩きだした。