背中合わせからはじめましょう  ◇背中合わせの、その先に…… 更新◇
その日は、めずらしく朝から社内での仕事に追われていた。


「悠麻、ちょっといいか?」


 社長からの呼び出しに、社長室へ向かった。


「悪いが、午後一で行ってもらいたい所がある。本当なら、私がお前のデザインを持って行く予定だったんだが、急遽、大阪まで行かなきゃならなくなってな。先方に話たら、デザイナーとも話てみたいと言っておるんだ」


 社長は、出張の準備をしながら慌ただしく言ってきた。


「そうですか…… わかりました」


 まあ、社長の変わりに行く事など珍しい事じゃない。
たいして深く考えもせずに引き受けてしまった。


 社長から指示された大手企業のロビーでIDを貰うと、八階へと案内された。


 エレベーターを降り、役員専用の受付へと向かった。



「厚木常務と三時に約束しております、キザキの市川です。急遽、社長に変わりまして打ち合わせに参りました」


 いつものように受付で要件を伝えただけだが……


 「はい。伺っております。うひぇーっ!」


 目の前の女性の奇妙な声に顔を上げた。


 うひぇーっ!
 上げそうになった声を必死で飲み込んだ。

 な、なんで彼女が……


 言葉なんて出て来ない。人生でこんなに焦った事はあっただろうか?

 彼女も目を見開いたままだ。
 俺が来る事など知らなかったのだろう……


 どのくらい彼女の顔を見ていただろうか?
 彼女の横に立つ女性社員の声に、俺も彼女も我に返った。


「失礼しました。常務室へ、ご案内します」

「あ、はい……」


 彼女の声に、俺は慌てて返事をした。


 落ち着け俺!


 常務室までの数秒、俺は彼女のうなじを見て歩いた。

 やばい、彼女に触れたい……


 そんな事が頭をよぎった瞬間、すでに俺は常務室の中にいる事に気づいた。


 彼女は俺を案内すると、当然部屋を出て行ってしまった。


 でも、常務が部屋を出て行く寸前の彼女にコーヒーを頼んだ。
 少なくとも、もう一度彼女はこの部屋に来る。
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