背中合わせからはじめましょう  ◇背中合わせの、その先に…… 更新◇
さあ、どうやって逃げ出そう?
頭の中で作戦を巡らせた。


「美月さん、これ見て頂戴。どうお料理したらよいかいしら?」


 彼の母の弾んだ声が聞こえてきた。まさか無視するわけにも行かず仕方なくキッチンへと向かった。

 キッチンのカウンターの上に置かれた段ボールの箱の中から、白い発泡スチロールの箱が出て来た。蓋が開けられた中を覗くと、立派な赤身の塊が出てきた。

「わぁー。これは、お刺身がいいですね」


 続いて、カレイやアサリ、イカまで出てくる。


「カレイは煮つけましょう。アサリは酒蒸しもいいですけど、煮つけもあるから、お味噌汁の方がいいですかね? 澄まし汁の方があっさりしていていいかな?」


 鳥や豚のお肉も出てきた。


「お肉は照り焼きにしてもいいですけど、今日は、お魚メインでお肉は明日にまわしてもいいんじゃないですか?」


 段ボールの箱からは、ホウレンソウやらニンジン、ナスなど新鮮な野菜が出てきた。

「焼きナはスどうですか? ホウレンソウはさっとお浸しにしましょうか?」


 出される食材に、思わず声を上げていた。

 しまった…… と思った時はすでに遅かった。


「悠麻、炊飯器はどこ?」


 嬉しそうに食材を並べながら、彼の母が声を上げた。


「ああ……」


 なんだか間の抜けた声の彼が、キッチンの棚の中から何やら取り出した。


「えっ?」

 彼の母が、驚いた声を出した。

 彼の手には、まだ封を切ってない炊飯器の箱があった。


「あんた、ご飯炊いた事ないの? 今までどんな生活していたのよ?」


 彼の母のため息交じりの呆れた声がした。


「米なんて炊かないよ。だいたい、料理したら台所が汚れて面倒だ」


 彼の言葉に、目を見開いた。

 その目は自然と彼に向けたられた。

 そうなれば、彼と目が合うのは当たり前であり……


 良く考えれば、このマンションに来てから始めてまともに彼と目が合った気がする。
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