背中合わせからはじめましょう  ◇背中合わせの、その先に…… 更新◇
 カバンの中のパスポートを確認すると、スーツケースに手をかけた。

「行くか?」


リビングのソファーに座っていた彼が立ち上がった。やはり、送ってくれようとしているようだ。


「忙しいんじゃないの? 電車で行けるから大丈夫よ」


「ついでだって言っただろ。行くぞ」


 玄関へ向かう彼の後ろを、スーツケースを持ち上げて歩いた。


 助手席に座り、彼の運転する車で空港へ向かう。
 車でも空港までは、三十分もあれば余裕だ。


 いつもなら、空港に行く道のりはもっとウキウキしているのに、今日はなんだか旅行に集中できない感じだ。
 送ってくれるのはありがたいが、彼と何を話していいのかわからず落ち着かない。


「なあ? あの水着、着て泳ぐんだろ?」

「えっ?」


 突然の突拍子もない言葉に、思わず運転する彼の顔を見てしまった。
 前を向いたまま運転する彼の横顔に、ちょっとだけ胸の鼓動が大きくなった気がした。


「だから、水着、着るのか?って聞いたんだよ!」


 彼は、少し苛立ったように言った。


「そりゃ、泳ぐ時は水着でしょ?」


「その、あのまま泳ぐのか? 上に何か着ないのか?」


「ああ、ラッシュガード着るわよ。日焼けしてシミになるのは嫌ですからね」


「それならいいけど……」


「えっ? どういう意味?」


「い、いや別に、こっちの話…… 夜遅くまでウロウロするなよ」


 なんだかはっきりしない口ぶりだ。


「うん。」
 とだけ言った。


 渋滞も無く、あっという間に空港に着いた。車は、駐車場の中に入っていく。


「いいわよ。送りのレーンで下ろしてくれれば…」


「ああ、ついでだからいいよ」


 えっ? なんのついでだ?


 考える間もなく、車は駐車場に止まった。
 なぜか、彼も車から降りる。そして、私のスーツケースを持つと歩きだした。


「ちょ、ちょっと」


 出発ロビーへと向かうようだが、このままだと、待ち合わせしている真紀と出くわしてしまう。

 真紀になんて説明すればいいんだ。


「ここでいいわよ」


 彼の背中に向かって声をかけるが、スタスタと足は進んで行ってしまう。
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