背中合わせからはじめましょう  ◇背中合わせの、その先に…… 更新◇
「俺の出番があるかと思って待機していたのに、必要なかったみたいだな?」

 課長は、ニコリと笑顔で私を見た。


「えっ? 見ていたんですか?」


「ああ、そうは言っても失礼な相手だったからな。でも、湯之原の対応が毅然としていて、出る幕なくてさ。そしたら、業部に電話するのが分かったから、慌てて偶然の振りして出てきた」


「そんな事ないですよ。もっと早く出て来て下さい」


 私が睨むと、島根課長はおかしそうに笑った。
 私もつられて笑う。


「だが、箕輪商事の部長は常識ある人そうだから、もう一度しっかり話を聞いてみるよ」


「ええ。そうですね」


 その通りだ。
 部長と言う人が一緒でなければ、私だけで解決出来たかわからない。


「まあ、秘書もご苦労な職務だよな。そのうち、一杯やるか?」


 秘書課は漏らしてはいけない情報も多いのだが、お酒を飲むと忘れてしまいそうで怖い。だから私は、職場ではかなりお酒を控えている。


「そうですね」

 一応そう答えて、島根課長に笑顔を向けたその先に、何かが見えた。


 こちらに向かってくる彼の姿だ。



 もう、打ち合わせが終わったのか?

 だんだん近づく彼の目が、私を睨んだ。
 何故?


 とにかく、頭を下げよう。

 彼も、軽く会釈して通り過ぎて行った。

 何も起きなかった事に、胸をなでおろす。


「今の男は、知り合い?」


 通り過ぎた彼の背中を見て、島根課長が言った。


「えっ? 常務のお客様で、キザキ家具の方です」


「常務の客か? てっきり……」


「え?」


 私は、島根課長の顔を伺い見た。


「あっ。いや。それじゃあな」


 島根課長は、行ってしまった。


 何故か私は、彼が向かったエントランスへと目を向けていた。


 ちらりとだが、窓から彼が去って行く姿が見えた。

 胸の中が小さな音をたて、寂しいような感覚を残した……

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