約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 注意をこちらに向ければきつく睨まれるのかと思ったが、友理香は割り込んだ愛梨に対してはただ動揺したような視線を向けただけだった。

 友理香には以前社員食堂で『雪哉の事が好き』と告げられていたし、愛梨に恋人がいることも伝えていた。だからもっと軽蔑の眼差しを向けられると思っていたのに、友理香は愛梨には敵意を向けて来ない。

 友理香には申し訳ないと思ったが、自分の話ならば聞いてくれそうだと気付くと無意識のうちに更なる言い訳が口をついて出た。

「ちょっと目にゴミが入って、それを見てもらってただけなの。でも洗面所に行った方が良さそう」

 にこりと作り物の笑顔を浮かべる。また1つ、雪哉のせいで本来必要のない嘘をついてしまったと気付いたのは、口にした後だった。

「愛梨」

 雪哉と友理香が同時に呼び止める声がしたが、会釈だけ残して急いで通訳室を出た。

 そのまま喧嘩でもしてしまいそうな2人を残す事には一抹の不安を覚えたが、雪哉と距離が近かった理由を咄嗟に目の中のゴミの所為にしてしまった。下手な言い訳を自分自身でフォローするためには、あの場に長居は出来ない。

 誰も居ないエレベーターに滑り込み、はぁと息をつく。雪哉と友理香の言い合いは、2人で何とかするだろう。本当に何もない、誤解なのだから。それに口をついて出たのは虚偽の内容だが、一応それっぽい言い訳には聞こえる筈だ。だからあとは雪哉が上手く処理してくれることを願うしかない。

 そして心臓の音は自分で鎮めるしかない。

 通訳室に入室したときは確かに雪哉に対して怒っていた。なのに熱い視線を向けられ、甘い言葉を囁かれ、細身の割に力強い指先に捉えられると全く抵抗が出来なくなってしまった。

 雪哉はまた、愛梨にキスしようとしていた。友理香の帰室があと10秒遅かったら、きっとそのまま唇を重ねていたと思う。

「はぁ……もう……」

 あのまま雪哉を受け入れていたら。
 もう言い訳は出来ないと、わかっているのに。
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