約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
愛梨の実家で約束を忘れたのかと問いかけた時、最初は上手くはぐらかされてしまった。けれどその後、彼女は「迎えにくるから待っててって言ったのに」と自分から呟いた。その矛盾に、気付かない訳がない。愛梨は本当は雪哉との約束を覚えていた。雪哉が誓った台詞までちゃんと覚えていたのに、その時は忘れたフリをした。
はぐらかされた理由が、最初は分からなかった。けれど資料室で見つめ合った時に、気が付いた。
愛梨はきっと『雪哉を裏切った』と思っている。『後ろめたい』と感じている。本当の気持ちに気付くことが雪哉にも弘翔にも不誠実だと思っている。だから感情に蓋をして、わざと気付かないようにしている。
それならいくら言葉で言っても、愛梨は自分の恋心を認めない。自分からは、行動できない。
だから雪哉の腕の中で上目遣いのまま動き出せずにいる愛梨に、少しずつ理解させるための魔法を掛けることにした。
多少強引な方法で、自分の胸の内を丁寧に教え込んだ。愛梨にキスしたいと思っている。彼氏に嫉妬してる。それは全て事実だが、愛梨が知らない――必死に認識しないように努めている雪哉の生身の感情だ。
でもいつまでも知らないままでは困る。睦まじい2人の様子をみている間に『結婚することになった』『子供が出来た』なんて言われたら、本当にもう取り返しがつかなくなってしまう。
だから愛梨に、雪哉の感情をちゃんと知ってもらう手段を選んだ。愛梨自身の感情にちゃんと気付いてもらう方法を取った。
それが腹黒いと、最低だと、卑怯だと罵られても構わない。愛梨が自分以外の人と生涯を誓い合う瞬間を直視できる冷静さは、最初から微塵もなかった。
覚え込ませるために触れた唇は、長年妄想し続けたそれよりずっと柔らかくて甘かった。あの日の小さなキスの感覚とそこから15年間どれだけ望んでも手に入らなかった月日を思い出すと、このまま彼女を手放したくないと思った。
必死でその唇を貪っているうちに、これは自分の方がよほどマズイ状況なのではないかと思った。だが、泣いてしまった愛梨を見るとすぐに我に返ることが出来た。