約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
「…えと…、何だっけ…?」
「だから、うちに置いておく用のシャンプー買っておけば、って」
ゴホン
弘翔がそう言うと、背後で誰かが咳払いをする声が聞こえた。
愛梨は突然の大きな音に驚いたが、それは弘翔も同じだったよう。2人で音がした方を見るが、1階のエントランスロビーには多くの人が行き交っており、愛梨には音の発生源がわからなかった。
けれど咳払いをされた事に不快感を感じたのか、弘翔は踵を返すと出入り口の自動ドアまで速足で歩き出してしまった。
「何だアイツ…?」
愛梨が慌てて後を追うと、弘翔は不満そうな声を漏らしていた。アイツ、というのは咳払いをして愛梨と弘翔の会話を暗に遮った人物の事だろう。愛梨が後ろからちゃんと追ってきているのに気付いた弘翔は、フン、と小さく鼻を鳴らした。
「業務時間終わってるし。うち別に社内恋愛OKなのにな。変なの」
弘翔の言葉を聞いて、愛梨もその言葉の意味に辿り着いた。
どうやら先ほどの会話を聞いていた誰かに、いちゃついていると勘違いされたらしい。しかも実は勘違いというほど的外れでもない。その事に気が付くと、愛梨は心臓の表面に温度が測定できない変な汗をかいた。
自動ドアを通過した弘翔と一緒に、そのまま会社を後にする。
愛梨はふと、後ろを振り返りたい気持ちが芽生えた。今振り返れば、雪哉と目が合うかもしれない。
けれど一瞬の感情はすぐに打ち消して、すぐに弘翔の隣に並ぶ。仮に目が合ったところで、愛梨は何と言葉を掛ければよいのかわからない。
「アメリカの方がそういうのフランクなイメージだけどなぁ」
弘翔に追いつくと少し不満そうな声で話しかけられる。何の話?と首を傾げると、弘翔は小さく苦笑いした。