約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 優しい声で名前を呼ばれて、甘い台詞を囁かれると、いつも心臓が大きな音を立ててしまう。その振動が、全身に響いてしまう。

 その音を分かりやすく説明するなら『ドキドキ』。それは友理香の言う、恋する音。

 身体の内側から波打つように心臓の壁を叩く、力強くて弱々しい、切なくて甘ったるい恋の音。

「……そっか、私……」

 その音に気付いて、その意味に気付く。
 自分では認められなかった感情に。気付いてはいけないと思っていた事に。雪哉に口説かれ、弘翔に甘えて、玲子に諭されて、友理香に背中を押されて、崎本課長に笑われて。ようやく、気付けた。

 愛梨はまた、

「ユキのこと……好きに……」

 なってしまっていた。

 いや、本当はずっとずっと好きだった。
 封印したと思っていた心が、少しも仕舞いきれていなかっただけで。忘れたと思っていた想いが、本当は忘れられていなかっただけで。

 その長く寂しい恋からは、弘翔が優しく手を取ってくれたことで1度は離れられた。雪哉がいなくても、愛梨には違う未来や可能性がある事を教えてくれた。弘翔の事はもちろんちゃんと好きだったし、大事にしてきた。

 けれどやっぱり、同じ場所に戻ってきてしまった。雪哉に見つめられ、口付けられ、好きだと言われて、また15年前のあの日と同じように、雪哉に恋をしてしまった。

 気付いてしまえば、認めてしまえば、案外簡単だ。雪哉が好き。ただそれだけの事だけれど。

「……でも…、」

 まだ、雪哉の手を取れない。

 一方的に約束を反故にした愛梨が、好きだと言われた事に舞い上がって、簡単に雪哉の告白に頷くなんて虫が良すぎると思う。そんな軽い気持ちで、雪哉を受け入れることは出来ない。それに弘翔と別れてまだ1週間も経っていない。雪哉の激しい愛情を受け入れる覚悟だって、まだ全然足りていない。

 今の愛梨には、雪哉の気持ちを受け入れるための課題があまりに多すぎる―――
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