約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
雪哉の返答を聞いて『そうだね…』と曖昧に頷きながら、ふと周囲の空気が変わったのを感じ取った。一瞬シンと空気が張り詰めたと思ったのは愛梨の気の所為で、昼休みの食堂は喧騒に包まれている。けれどやっぱり、気の所為じゃない。
(視線が……すごい気になる!)
SUI-LENはそこまで大きな会社ではない。社員の噂話などすぐに広がってしまうし、そこに恋愛事が絡むと好奇の目を向ける者も少なくない。特に雪哉のように独身で容姿の整った男性に関する噂話など、女性社員には何よりも美味しい話題に違いない。
小さな声がこそこそと、好奇の視線がじろじろと向けられている事に気付いてしまう。気付きたくない事に気付いてしまうと、急にごはんの味がわからなくなった。
「どう、愛梨? 俺に言わなきゃいけない事、思い出した?」
そんな周囲の様子など一切気にした様子もない雪哉は、にこりと笑顔を浮かべて愛梨に例の質問をしてきた。
「だから、全然わからないってば。3日連続で同じ質問されても、意味不明だもん」
頬に小さく空気を溜めて、そっぽを向く。雪哉は愛梨に何かを言わせたいらしく、ここ数日、同じ質問を幾度となく繰り返してくる。けれど愛梨には伝えるべき話など思い浮かばない。あると言えば『弘翔と別れた事』ぐらいだが、その事実は雪哉は知らない筈で、雪哉の方から問いかけて来る訳がない。
ようやく自覚した恋心と、ちゃんと向き合いたい。だから雪哉には、弘翔と別れた事をいずれは伝えなければいけないと思う。けれどそれを知った雪哉に急に迫られたりしたら、愛梨には回避する術がない。だから今は少し時間をあけて、心の準備をして……雪哉に伝えるのはそれからにしようと勝手に考えている。
他に思いつくことなどないので、また同じように答えると、聞いた雪哉は残念そうに溜息をつく。いや、そんなあからさまに溜息つかなくても、と思ったところで。
頭を抱える次の案件が発生した。
「河上さん、上田さん。ここいいですかぁ?」