約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
30代前半にも関わらず既に3児の父である副社長は、社員個人の恋愛事情を面白がるきらいがある。その事は以前から噂で聞いて知ってはいたが、まさか副社長自ら社内ゴシップを垂れ流ししているとは夢にも思っておらず。
「まぁ、俺としては好都合だけど」
「私には不都合しかない……」
自分でもサッと血の気が引いていくのがわかる。週明けから雪哉の事を気にかけている女性陣からどんな目に合わされるのかと思わず頭を抱えてしまう。
けれどそんな愛梨を余所に、雪哉は一段と低い声で愛梨の名前を囁いてくる。顔を上げると雪哉はまた子猫の笑顔から黒ヒョウの微笑へ表情を変えている。その艶のある目線に言葉を掬い取られると、愛梨の反抗は喉の奥に溶けた。
「流石に4回目だから、ちゃんと答えられるはずだ」
雪哉の手が伸びてきて、ふにっと頬を摘ままれる。愛梨の答えを欲する指先の動きを感じ取ると、雪哉を狙う女性社員たちの怖い顔はすぐにどこかへ掻き消えた。
「愛梨。俺に言う事は?」
「……弘翔と、お別れしました……」
さらに詰め寄られてしまったので、諦めつつ答えを絞り出す。ここ数日雪哉が聞き出そうとしていた言葉は、やはり弘翔との関係が変化した事についてだった。愛梨の言葉を聞いた雪哉は、ようやく息をついて相好を崩した。
「そうだよ。本当は愛梨から報告して欲しかったのに、なんで教えてくれないの?」
なんでと言われても、今まさにこういう状況になっているからに他ならない。
雪哉はいつも戸惑うほど、絶句するほど、心臓が破裂してしまいそうなほどに愛梨を振り回す。まるで愛梨以外は要らないとでも言うように、執着とも呼ぶべき感情を隠す事も惜しむ事もなくぶつけてくる。
実家の部屋で『覚悟しておいて』と言われた言葉を、今更ながらに思い出した。覚悟が足りていなかった愛梨は、結局こうして困惑してしまうのに、雪哉はいつも通りの余裕の表情だ。
「泉さんから連絡が来たんだ。愛梨とは別れたから、急に距離詰めて愛梨を困らせることはしないで欲しいって」
「えっ……?」