約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

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「わあぁ、キレイだねぇ」
「うん。田舎は星が綺麗だったけど、都会の夜景も悪くないな」

 雪哉が散歩だと言って連れてきてくれたのは、商業ビルの屋上展望テラスだった。真夏はビアガーデンになるらしいが、シーズンオフの今は可愛らしいリトルガーデンになって憩いの場として開放されている。この時間はカップルが多いようで、ベンチやウッドデッキの合間に見える人影は決まって男女の2人組だった。

 フロアの端から眼下の景色を覗き込むと、そこには夜の海に宝石箱をひっくり返したような美しい夜景が煌めいている。

「そういえば、ユキのお父さん、夜景も描いてるもんね? この前ネットで検索して見たんだー。すごい綺麗だった」

 風が冷たいからか周囲には人がまばらで、はしゃぐ愛梨の事は誰も気に留めていない。

 日本の都心の夜景と、アメリカの大都市の夜景はどっちが綺麗なんだろう。

「ユキはあの絵の夜景の本物……」
「愛梨」

 そう思って振り返ったら、至近距離にいた雪哉にそっと名前を呼ばれた。顔を上げると、優しく、愛おしそうに頬を撫でられる。そして。

「俺と結婚して欲しい」

 まるで歌でも歌っているのかと思うほど軽やかに呟いた言葉は、紛れもなくプロポーズの言葉だった。

 愛梨は一瞬、言われた言葉を理解できなかった。雪哉が『日本語に聞こえる英語』を喋ったのではないかとさえ思い、面食らって口を開けたまま雪哉の顔を凝視した。

「もう愛梨を待たせないし、置いていかない」

 そんな愛梨の混乱をしっかり認識しているくせに、また拒否の言葉も言わせないように、鮮やかに華麗に愛の言葉を重ねていく。頬を包んでいた指先が動き、耳の裏をするりと撫でた。

「ずっと傍にいて、愛梨だけを愛するって誓うから」
「ユキ……」

 くすぐったさにぴくっと動いた愛梨の反応まで楽しむように、クスリと笑われる。

「前に、昔の約束を無効にしてって言ってたやつ」

 ふと、雪哉がいつかの話を持ち出してきた。マーケティング部がある7階のエレベーター前で、友理香のミスを謝罪してきた雪哉と2人になった時。あの頃はまだ弘翔と付き合っていて、けれど愛梨が雪哉の事ばかり考えていた頃だ。
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