約束 ~幼馴染みの甘い執愛~

 愛梨はこういう男らしい人が好きなのだろうか、と思うと、つい自分から禁断の話題に触れてしまう。今の愛梨の恋人は自分で、愛梨に選ばれたのも自分だと分かっているのに、この余裕を前にするとどうにも焦ってしまう。

「あ、名前出さない方がいいですよ。ウチの社員、みんな噂好きなんで?」

 にかっと笑うその笑顔まで眩しい。
 思えば彼には最初から余裕がある。普段関わりのない専務に横柄な態度を取られても、自分の恋人とプライベートで会いたいと他の男に許可を求められても、彼はずっと余裕だった。最初から1ミリも余裕のない雪哉とは違って。 

「敬語じゃなくていいですよ。同い年でしょう、確か」
「あぁ、それもそうだな。じゃあ遠慮なく、雪哉」
「……」

 下の名前で呼んでもいいとまでは言っていない。いや、いいけど。駄目だとは言わないけれど。

 弘翔は人見知りをしない、人懐こい性格らしい。どこまでも適う要素がないと改めて思い知らされる。

 愛梨に対する気持ちの強さは誰にも負けない。それだけは自信を持っているが、それ以外はすべて弘翔には勝てないと思う。

 今、彼が本気で愛梨を口説いたりしたら、愛梨は揺らがないのだろうかと思ってしまう。もちろん疑っている訳ではない。彼女が簡単に他の男に靡くような軽い性分だとも思っていない。けれどただ――自信がない。

「そうだ、聞いてみたい事があったんだ」

 席に着くまで弘翔の言葉の全てを受け流せると思っていたのに、食事の一口目を口に入れる前から敗北の味ばかりを感じている。そんな雪哉の耳に、弘翔の疑問符が届いた。雪哉の方から禁断の話題に触れたので、弘翔も遠慮をしないことにしたらしい。

「諦めようと思わなかったのか? 普通、恋人がいたら諦めると思うけど」
「……好きなら諦めない」

 彼の視線と声のトーンから『本当は愛梨の事を諦めて欲しかった』という気配は感じない。単純にただの疑問といった様子だが、仮に敵意剥き出しに同じ事を聞かれても、雪哉は同じ回答をしたと思う。

「結婚して子供がいたら諦める。流石に家庭崩壊はさせたくない」
「え、子供いなかったらどうすんの?」

 雪哉としてはごく当たり前の事を言ったつもりだったが、箸を下ろした弘翔の顔を見ると、少し呆れたような困ったような表情を浮かべている。
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