約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
一般社員の愛梨が、外部からの派遣通訳者である雪哉に会いに行くこともない。逆ならばともかく。
でもその『逆』もないだろうと思う。こんなに近くにいることが分かっているのに、雪哉からはこの数日間、何の音沙汰もない。もちろん連絡先も知らないし、雪哉が実際に愛梨たちの会社で稼働するまであと数日の期間があるため、まだ社内で会うことも社内メールを送ることも出来ない。
それでもやっぱり、分かっていた。雪哉から愛梨に会いには来ない事を。
何故ならあの時、雪哉は愛梨を追ってこなかった。本当に愛梨に会いたいと思っているなら、専務との挨拶を終えた後、すぐに追って来てくれたら話ぐらい出来たのに。
けれど、そんなことはなかった。
それがかつての愛梨と同じ気持ちほど、雪哉が愛梨に会いたがっていない何よりの証拠に思えた。
「向こうだって、約束したことなんか覚えてないと思うよ」
「覚えてなくていいよ。なんなら、忘れてくれてた方がいいぐらいだ」
少し不機嫌そうに呟いた弘翔の言葉の端々に、彼が内心で焦っているような気配を感じた。
弘翔にそんな思いをさせているのは自分だ。そう気付いたら、やはり言うべきではなかったかもしれないと思う。
けれど弘翔は、愛梨の告白にちゃんと話してくれて嬉しかったと言う。
どうしたら、よかったのだろう。
愛梨は恋愛事に関心せず27年間の時を過ごしてきてしまった。だからこういう小さな悩みを、相手に伝えるべきかどうか迷ってしまう。こんな時、どんな言葉をかけて、どんな反応をするのが正解なのかがわからない。
「弘翔、あのね…」
「別れ話なら、聞かないからな」
それでも何かを言おうとした愛梨の身体が、ぎゅ、と抱きしめられる。