約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
まだ慣れない、不思議な感覚。友達の延長ではない、恋人同士だけの甘やかな空気。
弘翔はそっと離れると、ムスッとした声音で訴えた。
「本当は、これ以上先もしたいんだぞ」
『いい大人なんだし』と付け足した弘翔の言葉に、思わず顔が熱く火照るのを感じる。
大人同士の恋愛が1か月前から始まっているにも関わらず、愛梨はまだ、弘翔と『深い関係』でなかった。もちろん『これ以上先』の意味するところは、ちゃんと理解している。けれど愛梨には経験が無い。経験だけではなく、人並みの知識もない。
男性が女性の身体を欲する生物だというのはちゃんと認識している。けれどこの認識と現実を埋める具体的な知識や経験が欠落しているので、愛梨は未だに『これ以上先』に踏み込むのを躊躇っていた。
弘翔には経験があるらしいので、身を委ねれば簡単に済んでしまうのかもしれない。けれど弘翔は、愛梨の不安な心も無駄に清い身体もちゃんと大事にしてくれる。無理難題を押し付ける事は無いので、愛梨はもう少しだけ弘翔の優しさに甘えることにしていた。
「本当は、全部奪いたいぐらいだよ。特に、今はすごく」
再びムスッとした声で嘆かれ、愛梨はシュンと身を縮ませた。そんな怖い顔で言われてしまったら、余計に腰が引けてしまうのに。
「けど愛梨に嫌われたくない一心で、一生懸命堪えてます」
「…ふふっ」
委縮した様子に気付いた弘翔が、キリリと真面目な顔をして呟いた。愛梨は一瞬の間を置いた後、思わず笑いを零してしまう。
弘翔が大切にしてくれることを、ちゃんと知っている。だからその思いに応えたいと思っているし、裏切るような真似はしたくない。
それならやっぱり、通訳として派遣されてきた雪哉が幼馴染みであることを、しっかり話してよかったのだと思う。それが弘翔に対する、今の愛梨ができる精一杯の愛情表現と誠意だから。