約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
どうして音が聞こえないんだろう、と不可解に思う。けれど職業上、航空旅客機を利用する事が多いので、すぐに音がない理由に思い至ることが出来た。
(耳抜きか)
考えると同時に、ゴホン、と大きい咳払いが喉から出てきた。
いや……これは違う。
動揺して盛大に間違えた。
「風邪かい?」
だが運がいい事に、雪哉の世界にはそれで音が戻ってきた。怪訝な顔をした専務の声が聞こえたので、音声が復活していることに気付く。
「あぁ、いえ。大丈夫です」
すぐに返事を返しても専務はまだ不思議そうな顔をしていたが、疑問の言葉はそのまま雪哉を激励する台詞に変換された。
「では来週から頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」
専務に声を掛けられて返事をする頃には、隣に浩一郎と友理香が並んでいた。
通訳者や翻訳家専門の派遣会社に在籍する先輩の澤村浩一郎と後輩の細木友理香とは、一緒にチームを組むことも多い。
今回の派遣先であるこの株式会社SUI-LENでも基本は雪哉が専任として担当する事になるが、大きな商談や展示会への同行、雪哉が対応していない言語の翻訳などはこの2人にも協力を仰ぎながら業務を進めていくことになっている。
3人同時に頭を下げると、専務は機嫌よく頷き、乗ってきたエレベーターで自分の部屋へと戻っていった。
ようやく緊張感から解放されて後ろを振り返るが、案の定そこには既に愛梨の姿はなかった。それはそうか、と仕方がなしに諦める。
それでも。
(愛梨。……やっと見つけた)
探し求めていた想い人を、ようやく見つけられた。まさか派遣先の会社に勤めているとは思わなかったのでかなり驚いたが、巡り合わせには率直に感謝する。
5年、探した。生まれ育った田舎の街を探しても、SNSを駆使しても見つからなかった幼馴染みに、運命的に出会う事が出来た。