約束 ～幼馴染みの甘い執愛～

　もちろんそれが出来るならそうしたかった。愛梨に恋愛の全てを自分の手で教えたかったし、２人で知っていけるならそれが最良だった。けれど状況はそれを許さなかったから、いつか迎えに行くまでの間は許容しようと思っていた。

　そして約束の時は来た。こうして再会出来たのだから、愛梨にはもう他の誰かではなく、自分の事だけを見て欲しかった。今すぐは無理でも、少しずつ『約束』を果たすための準備をして欲しい。そう思っていたのに。

「ごめんなさい。河上さん」
「！」

　突然、名字で呼ばれて突き放された。

　目の前で俯く表情が読み取れず、瞬間、返す言葉を見失う。

　愛梨に恋人がいるという事実だけで自分が恐ろしく醜い顔をしているかもしれないのを必死で押し隠していると言うのに、急にかけた梯子を外された気分になった。

「彼氏の事、傷付けたくないんです。他の男の人と会うの、良い気はしないと思うので」

　彼氏、と明確に口にした愛梨の唇を見て、いよいよ怒りを抑えられないような気がしてきた。雪哉を名字で呼び、敬語になった愛梨は、よく見ると瞳に涙を浮かべていた。愛梨を泣かせてしまったことに怯んでいるうちに、更に距離をとられてしまう。

「だから、ごめんなさい。個人的に会うとかは、出来ません」
「愛梨」

　拒絶の言葉を言い残し、愛梨は逃げるようにカフェを出て行った。雪哉は名前を呼んだが、彼女の耳には届かなかったようだ。

　あまりの衝撃にしばらくその場に立ち尽くす。だが少し気を緩めると、身体から一気に力が抜けてきた。脱力してカフェチェアに腰を降ろすと、真っ白になった思考を更に覆いつくすように、腹の底から濃霧に似た溜息が出てきた。

　絶望ってこういう事を言うのだろうか？

　少し冷めかけたコーヒーの水面に、ひどく歪んだ自分の顔が映ったのが見えて、雪哉はそっとそんな事を考えた。