約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
奪うわけじゃないから
廊下を小走りで進みながら、渦巻く苛立ちを何処かへ逃そうと試みる。
(なんなんだ? 専務本人が悪いのか? 秘書が抜けてるのか?)
だが試行すればするほど苛々が募っていく気がする。
専務の秘書から連絡を受け『取引先に顔を出すので同行して欲しい』と依頼があった。けれどその1時間ほど前に、社長から『挨拶文を5か国語に翻訳してほしい』と依頼を受けたばかりだ。
会社的に言えば当然『社長』から『先に』依頼された案件を先にこなすべきだろう。だが社長の案件は締め切りまでに猶予がある。一方で専務の随行は直近の話らしいので、それならまずはこちらを優先した方がいい。
そう思って了承の意を伝えると『では11時に正面玄関前へお願いします』と言われて内線を切られた。時計を見て、思わず顔が強張る。
(あと15分…!?)
社長からの依頼は、挨拶文の英語・中国語・フランス語・スペイン語・ドイツ語への翻訳だ。英語とスペイン語は自分で担当する。フランス語とドイツ語は、電話を切って殺気立った雪哉を見て大爆笑した浩一郎に、そのまま丸投げさせてもらった。
残るは中国語。
友理香が打ち合わせをしている筈のフロアに赴き『マーケティング部』と書かれたアクリル製のドアを押し開けると、ワークラウンジで10人ほどの社員に囲まれながら談笑している友理香の姿を見つけた。
美貌と存在感を兼ね備えた友理香は、その場にいるだけで目立つし空気が華やかになる。悪目立ちしすぎて頭痛を覚えることも多々あるが、こういう時は探す手間が省けるので大変ありがたい。