約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
幼い頃に言われた時より甘やかな響きを含んだ声に、思わず俯く。視線を下げたまま『どうか顔が赤くなっていませんように』と普段は一切信仰していないどこかの神に祈ってみた。
「せっかくの休日なのに呼び出してごめん」
「ううん。河上さんも、おやすみ?」
雪哉は通訳の仕事で愛梨が勤務する会社に派遣されているが、詳しいスケジュールはわからない。メッセージのやりとりから、特別な予定がなければ土日は休みであることは察していたが、ちゃんと把握はしていないので何気なく聞いてみた。
が、顔を上げると、雪哉は露骨に不機嫌な顔をしていた。
「……あのさ、愛梨」
静かな怒りを纏ったまま、静かな口調で名前を呼ばれる。甘い色を帯びていたはずの温度が急降下している事に気付き、思わずびくりと身体が強張った。
「名字で呼ぶの、止めて欲しいんだけど」
にっこり。表情は笑顔になるが目が笑っていない事に気付くと、咄嗟の返答も出てこない。
「ああ。もしかしてこの前、俺が愛梨の事を名字で呼んだから?」
問い詰められるように首を傾げられて、更に押し黙る。
それも、ある。数日前、今まで1度も呼ばれた事のなかった名字での呼び方に、胸のあたりがむずむずするような息苦しさを覚えた。けれど雪哉とは長い年月会っていなかったし、仲良しのお友達というわけもない。だから名字で呼ばれる事は社会人としてはごく真っ当な対応で、それ自体は大きな問題ではない。
そうではなく、愛梨が雪哉を名字で呼ぶのは、弘翔のためだ。再会した幼馴染みとはいえ、雪哉は家族でも恋人でもない。耳にした弘翔が不快感を感じないように、会えて防衛ラインを広めに確保しただけだ。
けれどそれは、雪哉には面白くない呼び方だったらしい。