約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
(いや、その前にお母さんに怒られる?)
母には怒られるかもしれない。一応、夏季休暇の際は実家に帰っているが、それからおよそ2か月顔を出していない。電車で20~30分程度の距離なのに、秋の連休も弘翔と会っていたので、連絡するのさえかなり久しぶりだ。
「あ、もしもし? お母さん?」
コール音が聞こえている間、連絡をしていなかった2か月間を怒られるのではないかとハラハラしていたが、呼び出し音が切れた後に『はーい』と聞こえた母の声は存外に明るかった。
「あのう…今日って、何か用事ある?」
『え、ないわよ? 何かあったの?』
とりあえず怒られなかった事に、ほっと息をつく。でも次の言葉には怒られるかもしれない。
「急なんだけど、今からうちに帰ってもいいかな…?」
『あら、いいけど。でも別にご馳走の予定はないわよ?』
これでも怒られない。それどころか食事の心配をするあたり、やはり母親だ。
「ええっと、今からでもご馳走は用意した方がいいかも……」
「愛梨。そんな事させなくていいよ。普段通りでいいから」
『え? 何よ、どうしたの?』
無茶な要求をすると隣から声が聞こえたので、ちらりと雪哉の顔を見る。母に怒られるかもとビクビクしている様子を見て、雪哉は愉快そうに笑っていた。
漏れそうになる不満を押さえて、電話口の向こうで困惑している母の質問に応える。
「あのね、お母さん。昔、上田のおじいちゃん家の向かいに住んでた、河上さんって覚えてる?」
『覚えてるわよ。当り前じゃない』
いっそお母が忘れてくれていたらよかったのかも。そしたら雪哉も諦めてくれるかも。なんてひどい事を思ってしまうけれど、母は覚えていると明言する。それを聞き取っていた雪哉も嬉しそうに微笑むだけ。
だから愛梨は、溜息をつくしかない。