約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
「……した、っけ」
「したよ。忘れたの?」
「……」
処理が間に合わず、大惨事になった昼下がりの実家の部屋で、愛梨は雪哉の黒い瞳にきつく睨まれた。間髪入れない問いかけと鋭い眼光が、心臓の奥をじくじくと蝕む。強烈な胸の痛みを感じて、思わず雪哉から視線を外してしまう。
「えっと…。ごめんなさい」
「別に謝らなくていい。でも、彼氏とは別れてくれないと困る」
「えっ…」
何と言っていいのか分からず謝罪だけを述べると、その言葉は受け取りさえ拒否された。耳に届いた言葉の意味が理解できずに顔を上げると、熱を含んだ雪哉の瞳と目が合った。
「嫌?」
「え、と…」
「俺との約束が先だよね? まさか、彼氏と婚約してる?」
「し…、してないけど…」
その温度の高さに困惑していると、首を傾げた雪哉に更なる確認をされた。
はるか昔、確かに雪哉は愛梨を迎えに来ると言った。『結婚』の2文字こそ示されなかったが、愛梨もそういう意味が含まれているのだと確かに解釈していた。
それと同じ、もしくは似た約束など、弘翔との間にはない。
だってまだ付き合って2か月だ。お見合いや結婚相談所で知り合ったならともかく、普通の恋愛をしていて、2か月で結婚話になるカップルなんて、そこまで数は多くないと思う。愛梨と弘翔だって、そんな話にはまだなる筈もないけれど。
けれど。
「わ、私……弘翔の事が好きなの……。だから、えっと…」
ここ数時間の様子から、今の雪哉が怒った顔をしていることは容易に想像できた。整った顔立ちが静かに怒りを露わにするのはそれなりに威圧感があると知ってしまった以上、とても顔を上げて雪哉の顔を見ることは出来ない。
「別れることは出来ない、です」
だが意思表示をしない訳にはいかない。今、愛梨と付き合っているのは弘翔で、優先順位が高いのも弘翔だ。それを自分でも認識しているから、言葉に出して否定する。