約束 ~幼馴染みの甘い執愛~
腕を思い切り引っ張られてバランスを崩すと、雪哉の白いシャツの中に顔が埋まる。膝で立っていた雪哉の胸に抱きすくめられて驚いていると、今度は空いていた反対の手が背中に回ってきた。上半身を抱え込むように抱きしめられて驚いていると、更なる驚きが耳朶をくすぐる。
「愛梨」
瞬間、ぞくんっと首から腰まで電流のような痺れが走る。温度と甘さを含んだ声色で名前を呼ばれた事に気が付くと、頭の先から足先までの全細胞が瞬間的に活性化した気がした。
同時に悲鳴も上げそうになったが、同じ家の中に父と母がいることをコンマ5秒前に思い出したので、寸でのところで声は出なかった。
雪哉の胸を、力が入らない両手で何とか押し返す。あれ? と残念そうな声を上げた雪哉だったが、顔を見るとさほど残念そうな表情はしていなかった。むしろ瞳の奥に怪しい輝きを宿して、愛梨の顔を楽しそうに眺めている。
「愛梨? これは挨拶だよ?」
「に、日本ではそんな挨拶しないよ!?」
あとそんな声で相手の名前呼んだりもしないの! というのは言葉にならない。
声のトーンを低く落として、耳元で愛梨の名前を愛おしそうに囁いたのは、絶対にわざとだ。けれど雪哉は小さく鼻を鳴らして、愛梨の常識とは異なるコミュニケーションの方が世界では一般的なのだと説き始める。
「ただの挨拶だから。これで浮気だって勘違いしたり愛梨を責めるような男だったら、俺との約束に関わらず別れた方がいいよ。心が狭すぎる」
雪哉はベッドに突いていた手に力を込め、ようやく立ち上がってくれた。
「夜8時までに帰らなきゃいけないんだっけ? 親より酷いな」
ここにはいない弘翔と、彼が定めた規律の厳格さを責めながら。