サッカーボールと先輩とアタシ


万桜はそいつと俺達の前まで来た。

「あの、前の学校の…サッカー部のキャプテンの…。」

「どうも、万桜がお世話になってます。」

まだ言い終わらないうちに、そいつは俺達にそう言った。

その言葉が俺達を突き放す。

「キャプテンと、副キャプテン。」

俺を見て、ヒロを見た。

「万桜、これ。」

ヒロはうつむいたまま、万桜が落としたカバンを差し出した。

「あっ、すいません…。」

万桜は嬉しさと悲しさが混じったような、複雑な表情だ。

「優勝、おめでとうございます。」

「ありがとうございます…。」

そいつはひどく大人に見えた。

ひとつしか違わないのに、とても。

大人しそうに静かな口調。

「俺達も、全国大会行きが決まって。国立で会えますね。」

ゆっくりとそいつは笑う。

「万桜、ちょっと借りていいですか。」

「えっ…。」

一番驚いたのは、万桜本人だった。

「話、あるんだ。」

優しく万桜を見つめる。

返事を待たず、そいつは万桜の肩に手を置き俺達に背を向けた。

行くなよ、万桜。

口に出して言えなかった。

タクシーに乗り込むまでただ、見つめていた。

万桜は一度も振り返ることなく、行ってしまった。





「話って、何かな。」

隣でヒロが呟く。

「………。」

「万桜に会いに来たんだよな。」

「………。」

ヒロの言葉の答えを俺の中で探していた。

分っているのに、それを口にする事が出来なかった。

< 157 / 239 >

この作品をシェア

pagetop