SignⅡ〜銀の恋人と無限の愛を

「どうしたの?」


湧人の声に顔を上げた。


「あ〜、アルバイトの社長から。緊急の仕事だって」


「緊急の仕事?」


「うん。お金ないし、ちょうどいいから、このまますぐに行こうかな」


「お金……困ってるの?」


「ちょっと予想外で」


「……え、 大丈夫? お金だったらオレがなんとでも……」


「大丈夫だ。アルバイトすればすぐ貯まるし、出来る事は自分で何とかしたいから」


「でもっ、」


「大丈夫。 じゃあ、今から行ってくる」


あたしはピョンとジャンプする。

そのまま高いフェンスをよじ登り——、


「……ちょっ……何してるのっ!」


湧人が慌ててあたしを止めた。

腰の辺りに手がまわり、すぐにフェンスから離される。


「湧人? どうしたの?」


「どうしたのじゃないだろ! 今、 何しようとしてたの!」


「飛び降りようと思って。屋上から。その方が近道だし」


「……っ! 危ないだろ! ちゃんと昇降口から帰りなよ!」


「だって遠い……」


「だめ! 飛び降りたら危ないの!」


怒ったような、困ったようなその表情……


「でも……」


「でもじゃないから! 普通だったら死ぬ行為だよ! それでなくたってこのあいだ三階から飛び降りて失敗してたのに! だからだめ! いい⁉︎ 分かった⁉︎」


「……わ、かった……」


なんだか昔の湧人がポンとそのまま出てきたようで、あたしはぼーっとしてしまう。


……あ、


なんか幼い湧人の幻影が今の湧人とダブって見える……


「ほら、行くよ!」


湧人があたしの手を引いた。


「……え?」


「帰るんだろ? 昇降口まで一緒に行くから」


「……あ、 うん……」


湧人に連れられ屋上を出る。

繋がれた手はやっぱり少しあったかい……


「もう、バッグも置いたまんまだし、靴だって履き替えなきゃいけないし。 ……あ、先生にはうまく言っとくから」


「……うん……」


あたしはそんな湧人の後ろ姿と、さっきからチラつく幼い湧人の幻影とを、不思議な気持ちで見つめていた……
< 91 / 295 >

この作品をシェア

pagetop