イチゴ 野イチゴ
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いったいどれくらいの回数を、ミクと一緒に鏡を見ながら過ごしたことだろう。
幼稚園の時から、子ども部屋の大きな鏡の前に座ってママに髪をとかしてもらったり、リボンをつけてもらったり三つ編みにしてもらったり、そうだ編み込みしてもらったこともあった。
いつでも、ミイナはミクの後で整えてもらう。姉だから。
ミクが妹だから。
おんなじ顔、ほぼ同じ身長と体重。幼稚園の頃は絶対に違う髪型にしてもらった。
お友だちが間違えるから。
ミクは明るい色系の服を選んだ。ミイナはほぼ青。
ミクのピンクのワンピース、花柄のスカート、オレンジ色のジャケット。
同じ柄、同じ形の服はいつでも、水色か青。
ピンク色のワンピースは、とっても似合ってたし可愛かった。自分と同じ顔だからまるで自分が来てるような気持ちにもなった。
ミイナは水色のワンピースなのに。
それでもミイナは嫌じゃなかったし、わがままなんて言わなかった。
今更思う。ピンク色の可愛いワンピ。あたしも着たかったかなって。
どうして知らず知らずの間に、我慢してきちゃったんだろう。
そして、我慢してる意識は本当に全然なかったんだ。自分の心の中を覗き込んで、ミイナは改めて思う。
ミクが今日は一生懸命に編み込みをしている。
「どうしたの?念入りじゃない?」
瞳が輝いてにっと笑う。
可愛いな、そう思ってくすりと笑う。
まったく気持ちがまるわかりなんだ。
編み込みなんて不器用なミクには大仕事だし、いつもだったら面倒くさくてやらない。
「若田先生が、リレーの指導してくれることになったの。ミイナ!部活以外でも若田先生と一緒にいられるんだよ」
なるほど、悔しいな。陸上競技大会、出られなくて。
「リレーって一番難しい競技だからね。バトンの渡し方だっていろいろ練習しなくちゃいけないからね」
「あ、ミイナ、去年リレーの選手だったね。ごめん、ミイナの事考えないで浮かれちゃって、わたしったら」
「だから、いいって言ったでしょ!あたしの事なんか考えてたら走れないじゃん」
いちいち、そんな事言われる方が引っかかる。
単純に喜んで頑張ればいいんだ。
若田先生に、手取り足取り指導してもらえばいい。
あたしには関係ない。でも、ミイナはざらざらの心を抱えたまま笑う。
「頑張って、ミク!若田先生、的確なアドバイスしてくれるから、練習次第で早く走れるようになれるって!」
ほっとした顔で鏡の中のミイナを見つめて頷くミクは、きちんと編み込みが完成していた。
「ミイナの分まで頑張って走るからね」
「うん!応援してる」
あたしの気持ちはどこまで本当なんだろう。ミクは可愛い。
本当にあたしの分まで走ってほしいって思ってる。本当に応援してるんだ。
だけど、胸のどこかが曇って霧が晴れない。
走りたい、風をきって大地をけってスパイクが地面をとらえて、周りの景色が流れてゆく中を。
ほほに当たる風の匂いを感じたい。ゴールラインを駆け抜けて身体中の体重が掻き消えたような感覚を味わいたい。
ミクは走るの、好きだったかな。
ミイナは思い出していた。
小さいころから、外で遊ぶより家の中でおとなしく遊んでるような子だった気がするけど。
陸上部は、本当に若田先生目当てでの入部だったのに。
どうして、走るのがこんなに好きなあたしが走れないんだろう。
ミクが走ってくれるだけで、あたしは満足なんだろうか。走ってる姿かたちは自分そっくりでも感じられないよ、風が通り抜けていくほほの冷たさも熱くなる心やドキドキする気持ちは。
だけど、どうしようもない。
走れないあたしに残された道は、写真を眺めるように遠くの方から見つめるだけなんだ。
その日の放課後、ミクは上気した表情で若田先生と話していた。
部活は陸上競技大会までお休みで、大会のメンバーが放課後練習をする。
ドキドキが伝わってくるような瞳や緊張した眼差し。
自分の事みたいに感じたくせに、やっぱり自分の事なんかじゃないんだ。悲しかった。
「そういえば、ミイナはどんな感じ?」
若田先生がミイナの名前を口にした。
ミク、あたしは体育館の横で見てるってば!
ミイナは心の中で大きな声をあげた。
ミクは頷くと、聞こえないような声で何かを呟いている。
気が利かないなぁ、振り向いてくれれば手だって振れるのに。
気づいてよ、あたしはここにいるよ。
「そんなに都合よく事は運ばないよ!」
ミイナの横でボソッとつぶやく声は、最近必ず話し相手をしている 北村優馬。
「いつもいつも、現れるけど暇なの?」
うっとうしい時もあるのは事実。
思う存分自分の悲しみに浸りたい時だってある。
「じゃま?ミイナと仲良くなりたいなって思ってるんだけど」
「毎度毎度、お馴染みさんで十分仲良しなんじゃない?」
優馬は曇った空を見上げながら、
「う~ん、そうじゃなくって。えっと、本当の気持ちを打ち明けてくれるようになるくらいの仲良し。無理?」
「なにそれ!本当の気持ちって。あたしのどんな気持ちが知りたいんだか知らないけど、誰だって自分の本当の気持ちなんてちょっとやそっとじゃ、言葉にしないんじゃないのかな?」
「うぅ、そう?残念だなぁ~」
こいつは、どこかとぼけたところがある。
まあ、知らぬ間に本当の気持ちなんかボソッと呟いちゃったりしてるんだけどね。
クラスの男子たちとは、どこか違って不思議な雰囲気を持っている。
たまに小学生みたいに見えたり、かと思うとずっと大人の男の人みたいに感じる時もある。
知らない間に心の中の言葉が口から飛び出してる事が最近多い事を、ミイナは気づいていた。
校庭のトラックでは、リレーのバトンの練習を始めていた。
ああ、去年あたしも若田先生にああして指導してもらったっけ。
バトンを受け取る為に走り出すタイミング。どこでトップスピードに持っていくのか。
タイミングを合わせられるチームメイト。相手の走りに気を配る事。
そんな一つ一つが大切な思い出になっている。
そうして、陸上競技大会の緊張と興奮の中で走る。トップで入って来てアンカーのあたしの手がバトンを受け取った瞬間まで記憶に残っている。
ついさっきの事のように思い出す、この手のひらに。
ミクはあの独特な瞬間に立つ事ができるんだ。ミイナは息を吸い込んだ。
走る前のぎゅっと引き締まった心と身体。仲間の走る姿を目で追いながら、無事に来いと祈る。
ああ、あの瞬間に戻りたい。
あの時に返りたい。
「帰りたいんだ?」
心臓がドキンと音を立てて飛び跳ねた。
北村優馬、あたしの心の声が聞こえてるのかな。
そんなにわかりやすい顔、してるかな。
「あたし、何か言葉にした?」
「いや、何にも。あれ、ビンゴ?」
「うん、悔しいけど。当たってる。そんなにあたしってわかりやすいのかな?」
「そんな事ないよ、オレがミイナの事わかりたいって思ってるからだよ。たぶん」
「あたしなんかの事、どうしてわかりたいなんて思うの?わかったって、ちっとも楽しくなんかないでしょう?」
「それは、ミイナが何を考えてどうしたいのかって、オレにも関係あるから」
「えっ?なんで?」
まじまじと正面から優馬を見つめると、目をそらした。
今にも雨が降りそうな暗くて厚い雲が世界中をおおっているようにみえる。
「あ、雨が降ってきた!大粒だぞ、オレ帰るね。じゃまたね、ミイナ。もうすぐ誕生日だね」
忘れていた事を優馬が思い出させた。
そうだ、もうすぐ誕生日なんだっけ。
大粒の雨が勢いよくねずみ色の空から落ちてきたのは、優馬の姿が見えなくなってすぐだった。
もうすぐ、誕生日なんだ。
いったいどれくらいの回数を、ミクと一緒に鏡を見ながら過ごしたことだろう。
幼稚園の時から、子ども部屋の大きな鏡の前に座ってママに髪をとかしてもらったり、リボンをつけてもらったり三つ編みにしてもらったり、そうだ編み込みしてもらったこともあった。
いつでも、ミイナはミクの後で整えてもらう。姉だから。
ミクが妹だから。
おんなじ顔、ほぼ同じ身長と体重。幼稚園の頃は絶対に違う髪型にしてもらった。
お友だちが間違えるから。
ミクは明るい色系の服を選んだ。ミイナはほぼ青。
ミクのピンクのワンピース、花柄のスカート、オレンジ色のジャケット。
同じ柄、同じ形の服はいつでも、水色か青。
ピンク色のワンピースは、とっても似合ってたし可愛かった。自分と同じ顔だからまるで自分が来てるような気持ちにもなった。
ミイナは水色のワンピースなのに。
それでもミイナは嫌じゃなかったし、わがままなんて言わなかった。
今更思う。ピンク色の可愛いワンピ。あたしも着たかったかなって。
どうして知らず知らずの間に、我慢してきちゃったんだろう。
そして、我慢してる意識は本当に全然なかったんだ。自分の心の中を覗き込んで、ミイナは改めて思う。
ミクが今日は一生懸命に編み込みをしている。
「どうしたの?念入りじゃない?」
瞳が輝いてにっと笑う。
可愛いな、そう思ってくすりと笑う。
まったく気持ちがまるわかりなんだ。
編み込みなんて不器用なミクには大仕事だし、いつもだったら面倒くさくてやらない。
「若田先生が、リレーの指導してくれることになったの。ミイナ!部活以外でも若田先生と一緒にいられるんだよ」
なるほど、悔しいな。陸上競技大会、出られなくて。
「リレーって一番難しい競技だからね。バトンの渡し方だっていろいろ練習しなくちゃいけないからね」
「あ、ミイナ、去年リレーの選手だったね。ごめん、ミイナの事考えないで浮かれちゃって、わたしったら」
「だから、いいって言ったでしょ!あたしの事なんか考えてたら走れないじゃん」
いちいち、そんな事言われる方が引っかかる。
単純に喜んで頑張ればいいんだ。
若田先生に、手取り足取り指導してもらえばいい。
あたしには関係ない。でも、ミイナはざらざらの心を抱えたまま笑う。
「頑張って、ミク!若田先生、的確なアドバイスしてくれるから、練習次第で早く走れるようになれるって!」
ほっとした顔で鏡の中のミイナを見つめて頷くミクは、きちんと編み込みが完成していた。
「ミイナの分まで頑張って走るからね」
「うん!応援してる」
あたしの気持ちはどこまで本当なんだろう。ミクは可愛い。
本当にあたしの分まで走ってほしいって思ってる。本当に応援してるんだ。
だけど、胸のどこかが曇って霧が晴れない。
走りたい、風をきって大地をけってスパイクが地面をとらえて、周りの景色が流れてゆく中を。
ほほに当たる風の匂いを感じたい。ゴールラインを駆け抜けて身体中の体重が掻き消えたような感覚を味わいたい。
ミクは走るの、好きだったかな。
ミイナは思い出していた。
小さいころから、外で遊ぶより家の中でおとなしく遊んでるような子だった気がするけど。
陸上部は、本当に若田先生目当てでの入部だったのに。
どうして、走るのがこんなに好きなあたしが走れないんだろう。
ミクが走ってくれるだけで、あたしは満足なんだろうか。走ってる姿かたちは自分そっくりでも感じられないよ、風が通り抜けていくほほの冷たさも熱くなる心やドキドキする気持ちは。
だけど、どうしようもない。
走れないあたしに残された道は、写真を眺めるように遠くの方から見つめるだけなんだ。
その日の放課後、ミクは上気した表情で若田先生と話していた。
部活は陸上競技大会までお休みで、大会のメンバーが放課後練習をする。
ドキドキが伝わってくるような瞳や緊張した眼差し。
自分の事みたいに感じたくせに、やっぱり自分の事なんかじゃないんだ。悲しかった。
「そういえば、ミイナはどんな感じ?」
若田先生がミイナの名前を口にした。
ミク、あたしは体育館の横で見てるってば!
ミイナは心の中で大きな声をあげた。
ミクは頷くと、聞こえないような声で何かを呟いている。
気が利かないなぁ、振り向いてくれれば手だって振れるのに。
気づいてよ、あたしはここにいるよ。
「そんなに都合よく事は運ばないよ!」
ミイナの横でボソッとつぶやく声は、最近必ず話し相手をしている 北村優馬。
「いつもいつも、現れるけど暇なの?」
うっとうしい時もあるのは事実。
思う存分自分の悲しみに浸りたい時だってある。
「じゃま?ミイナと仲良くなりたいなって思ってるんだけど」
「毎度毎度、お馴染みさんで十分仲良しなんじゃない?」
優馬は曇った空を見上げながら、
「う~ん、そうじゃなくって。えっと、本当の気持ちを打ち明けてくれるようになるくらいの仲良し。無理?」
「なにそれ!本当の気持ちって。あたしのどんな気持ちが知りたいんだか知らないけど、誰だって自分の本当の気持ちなんてちょっとやそっとじゃ、言葉にしないんじゃないのかな?」
「うぅ、そう?残念だなぁ~」
こいつは、どこかとぼけたところがある。
まあ、知らぬ間に本当の気持ちなんかボソッと呟いちゃったりしてるんだけどね。
クラスの男子たちとは、どこか違って不思議な雰囲気を持っている。
たまに小学生みたいに見えたり、かと思うとずっと大人の男の人みたいに感じる時もある。
知らない間に心の中の言葉が口から飛び出してる事が最近多い事を、ミイナは気づいていた。
校庭のトラックでは、リレーのバトンの練習を始めていた。
ああ、去年あたしも若田先生にああして指導してもらったっけ。
バトンを受け取る為に走り出すタイミング。どこでトップスピードに持っていくのか。
タイミングを合わせられるチームメイト。相手の走りに気を配る事。
そんな一つ一つが大切な思い出になっている。
そうして、陸上競技大会の緊張と興奮の中で走る。トップで入って来てアンカーのあたしの手がバトンを受け取った瞬間まで記憶に残っている。
ついさっきの事のように思い出す、この手のひらに。
ミクはあの独特な瞬間に立つ事ができるんだ。ミイナは息を吸い込んだ。
走る前のぎゅっと引き締まった心と身体。仲間の走る姿を目で追いながら、無事に来いと祈る。
ああ、あの瞬間に戻りたい。
あの時に返りたい。
「帰りたいんだ?」
心臓がドキンと音を立てて飛び跳ねた。
北村優馬、あたしの心の声が聞こえてるのかな。
そんなにわかりやすい顔、してるかな。
「あたし、何か言葉にした?」
「いや、何にも。あれ、ビンゴ?」
「うん、悔しいけど。当たってる。そんなにあたしってわかりやすいのかな?」
「そんな事ないよ、オレがミイナの事わかりたいって思ってるからだよ。たぶん」
「あたしなんかの事、どうしてわかりたいなんて思うの?わかったって、ちっとも楽しくなんかないでしょう?」
「それは、ミイナが何を考えてどうしたいのかって、オレにも関係あるから」
「えっ?なんで?」
まじまじと正面から優馬を見つめると、目をそらした。
今にも雨が降りそうな暗くて厚い雲が世界中をおおっているようにみえる。
「あ、雨が降ってきた!大粒だぞ、オレ帰るね。じゃまたね、ミイナ。もうすぐ誕生日だね」
忘れていた事を優馬が思い出させた。
そうだ、もうすぐ誕生日なんだっけ。
大粒の雨が勢いよくねずみ色の空から落ちてきたのは、優馬の姿が見えなくなってすぐだった。
もうすぐ、誕生日なんだ。