花鎖に甘咬み
第 Ⅰ 幕
いばら姫
× × ×
もしも、今、この瞬間。
学園から〈街頭インタビューをしてきなさい〉という課題が出されたなら、私はこう質問する。
『あなたは今までの人生で、全力疾走をしたことがあるか?』
予想は9割がNO。
遅刻しそうになって校門から教室までダッシュをキメたり、あるいは体育祭のリレーだったり。
頑張って走った経験なら人それぞれあるかもしれないけれど、全力疾走とそれはまったく違うものだと私はきっぱり否定できる。
────まあ、街頭インタビュー、なんて課題が出るはずもないけどね。
なんてったって、私が通う高校は “あの” 白百合女学園。
〈純潔、清廉、品格〉がモットーの我が校が私たち生徒に出す課題といえば、テーブルマナーに生け花にお裁縫…………なんて、もう、心の底からうんざりなの。
「はあっ、はっ…………っ」
だから、今こうして走っている。
私は、まぎれもなく、全力疾走していた。
人間って、ほんとうのほんとに必要なときにはおそろしいくらいパワーが出るいきものらしい。
体育の成績、オール3だとは思えないくらいの目にも止まらぬ速度で、むだに長い屋敷の廊下を駆け抜ける。
あと、もうちょっと。
もうちょっとで────。
「っ、ちとせ様! お待ちくださいッ!!」
バタバタと追いかけてくる足音。
柏木を筆頭に黒い燕尾服に身を包んだ長身細身の男たち。みーんなみんな、北川家、それもひとり娘の私にあてがわれた執事たち。
誰が待つか、バ────カ。
振り返って、べ、と舌を出した。
お下品だとしても、もうよくってよ。
だって、私は、もうこんな時代錯誤の家、出ていくんだもの!
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