花鎖に甘咬み



「っ、心の準備をさせてください……っ」



すーはー、と息を吸って吐く。
深呼吸を繰り返す私に、真弓は。



「なに、珍しくビビってんじゃん」

「珍しくじゃないよ……! 怖いよ! ふつうに!」

「……へえ。怖いとか、そういうのないのかと思ってた」



なんでもほいほい首突っ込むじゃん、と真弓。


たしかにそうだけど。
その通りだから今、ここにいるんだけど。



「人並みに怖いって思うよ。家を飛び出してきたときも、追いかけ回されたときも、すっごく怖いけど……でも、前に進まなきゃ変わるものも変わらないってわかってるから、我慢するだけだもん」



誰にだって打ち明けたことない心のなかを、私だって不安に押しつぶされそうになることを、ほろりと零してしまう。


真弓は驚いたように目を見開いて、それから、繋がった手のひらをきゅ、と握った。




「お前って、ほんと────」




真弓がなにか、呟いたような気がしたけれど、聞こえない。

そういえば、中華料理屋さんに行くって言いだしたのは真弓だったよね。『行きたいとこ』があるって、言っていたけれど。




「真弓が行きたいところって言ってたの、ここ、なの? どうしてここに?」

「入ればわかる」

「え゛っ、ちょ、待っ」




覚悟もいまひとつ決まらないまま。
ガラガラガラッと勢いよく真弓が戸を開く。

待ってって言ったのに……!
結局強引なところは、真弓らしいというかなんというか。



開いた扉の隙間から、ランプの光が漏れだして、無機質な地面に青い線を作った。中へと誘いこむ魅惑の光に、体がすくむ。





< 107 / 339 >

この作品をシェア

pagetop