花鎖に甘咬み
「っ、心の準備をさせてください……っ」
すーはー、と息を吸って吐く。
深呼吸を繰り返す私に、真弓は。
「なに、珍しくビビってんじゃん」
「珍しくじゃないよ……! 怖いよ! ふつうに!」
「……へえ。怖いとか、そういうのないのかと思ってた」
なんでもほいほい首突っ込むじゃん、と真弓。
たしかにそうだけど。
その通りだから今、ここにいるんだけど。
「人並みに怖いって思うよ。家を飛び出してきたときも、追いかけ回されたときも、すっごく怖いけど……でも、前に進まなきゃ変わるものも変わらないってわかってるから、我慢するだけだもん」
誰にだって打ち明けたことない心のなかを、私だって不安に押しつぶされそうになることを、ほろりと零してしまう。
真弓は驚いたように目を見開いて、それから、繋がった手のひらをきゅ、と握った。
「お前って、ほんと────」
真弓がなにか、呟いたような気がしたけれど、聞こえない。
そういえば、中華料理屋さんに行くって言いだしたのは真弓だったよね。『行きたいとこ』があるって、言っていたけれど。
「真弓が行きたいところって言ってたの、ここ、なの? どうしてここに?」
「入ればわかる」
「え゛っ、ちょ、待っ」
覚悟もいまひとつ決まらないまま。
ガラガラガラッと勢いよく真弓が戸を開く。
待ってって言ったのに……!
結局強引なところは、真弓らしいというかなんというか。
開いた扉の隙間から、ランプの光が漏れだして、無機質な地面に青い線を作った。中へと誘いこむ魅惑の光に、体がすくむ。