花鎖に甘咬み
「いい名前……って、どうして、そう思うんですか」
「ああ。“ちとせ” ってこう書くでしょ」
伊織さんの指が宙をすべって、漢字二文字を書く。
“千” に “歳”。
「千歳飴の千歳ね。その字面のとおり、いつまでも健康で長生きしてほしい、そういう願いがこめられてるってこと。つまり、ちとせちゃんを愛する誰かが大切に大切に名付けた名前だ」
はっ、とする。
思わず息をのむ、物心ついたときから私のものだった名前について、そういうふうに考えたことがなかった。
『愛されてなんかないの! 北川のひとたちにとって、私は私じゃなくていいんだから……!』
あのときは本気でそう思って啖呵をきったけれど、もしかして、ほんとうは……。ううん、今さらそんなこと考えたって仕方ないよね。うんうん。
言い聞かせるように、頭に浮かんだ可能性を打ち消す。
「納得? ちとせちゃん」
「あの……つかぬことをお伺いするのですが、どうして名前呼び、なんですか?」
「え、だめ? ちとせちゃんだって俺のこと伊織って呼んでいいよ」
たしかに、心のなかではもうすでに “伊織さん” って呼んでいたけれど……! それは、花織さんと伊織さんの区別があるから……っていうのもあるし、自分が呼ぶのは別として、呼ばれるのはくすぐったい。
昔から、北川さん、と家の名前で呼ばれることが圧倒的に多い人生だった。しかも “ちゃん付け” なんて。
「慣れない、ので」
「えー、だって、せっかくのいい名前なんだからさ。名前で呼びたいじゃん。ね、ちとせちゃん?」
甘さをまとった声で訴えてくる。
思わず、う、と言葉につまると。
「駄目だ」