花鎖に甘咬み
伊織が唖然とする。
何かを言いたげに口を開いて、そのまま数秒固まった。
そして、そのまた数秒後、困惑に満ちた声で。
「はあ? なに、顔ってこと? 確かにちぃちゃん、整った顔してるとは思うけど、絶世の美女ってわけでもあるまいし」
「顔じゃねえよ。顔も可愛いけど、それだけじゃねえんだわ。全部……っつうか、存在自体が綺麗なんだよ」
「……意味わかんないんだけど」
言葉通りだろ、普通に。
つうか、本当に思わねえの? こんなに綺麗なものが目の前にあるのに、食指が動かない方が、どうかしてるだろ。
俺は、稲妻のような衝撃を受けた。
昨日、北川ちとせを初めて視界に入れたとき、マジで幻なんじゃねえかと思った。あまりにも、強烈に、眩しくて。
『っ、終わってたまるかあっ!』
偶然通りがかった路地裏が嫌に騒がしくて、様子でも見てみるか、と物陰に隠れながら気まぐれに覗けば、女ひとりが〈黒〉のヤツらに囲まれているとかいう、見るからに絶望的な状況。
俺でも少しは怯むかもしれないその状況で、明らかに〈薔薇区〉の人間じゃないその女は、ほんの1ミリも臆することなく大の男相手に頭突きを決める。
あまりに滅茶苦茶な光景に、笑いが込み上げた。そういえば、久しぶりに腹の底から笑ったな、なんて考えながら視線を女に戻して────目が奪われた。
ふふん、と得意気に満足気に笑顔を浮かべた女の────ちとせの、その表情が、キラキラと無邪気に輝く瞳が、とんでもなく綺麗だったからだ。
まるで星屑を浮かべたようなその目の輝きは、決して消えることはなかった。
男の急所を蹴り上げながらも、その後じりじり追いつめられて分が悪くなって苦渋の表情を浮かべながらも。
くるくると目まぐるしく表情を変えながら、それでも、ひとときも瞳の輝きを枯らさない。