花鎖に甘咬み
夢のなかにいるちとせが、ふにゃ、とふいに頬を緩める。
一体どんな平和ボケした夢を見ているんだか。……頭ん中お花畑だから、しゃあねえか。
幸せそうな寝顔を見て、伊織の眉が険しく寄った。
「マユに、ちぃちゃんを失う覚悟はあるの」
「あ?」
「あのさ、分かってると思うけど、ちぃちゃんをマユの傍に置くってのは、そういうことなんよ。危険に晒され、悪意を持った手に首を狙われることになる。────マユが先にくたばるか、それともちぃちゃんが先か。極論やけど、事実、そういう話になってくる」
ちとせが寄りかかっている側の肩が、ぴくりと無意識に揺れた。
それを見逃さなかった伊織は、畳みかけるように言葉を重ねる。
「ちぃちゃん────北川ちとせ、北川グループを経営する北川家の一人娘。〈薔薇区〉の俺らにはカンケーない話やけど、〈外〉では、北川家っつったら、誰でも知ってるような名家中の名家。〈外〉の世界を牛耳ってるって言っても過言じゃない」
さすが、伊達に “情報屋” やってねえな。ココに閉じ込められている限り知り得ない、柵の向こう側の情報まで正確に把握しているらしい。
鋭く細まった眼光が、試すように俺の目を覗いた。
「ちぃちゃんは、そこのお嬢様ってこと。裕福で教養もあって……ふつうなら、順当に幸せになれる女の子なんだよ。苦労せずとも、温かいご飯を食べてよく眠れる場所があって、そのうち似合いの男に出会って愛されて────そういうまっとうな人生を歩めるはずの女の子なんだ、この子は」
俺は正直反対する、と伊織は鋭く言い放った。
「俺らみたいな堕ちるところまで堕ちた外道が、関わっていい女の子じゃない。────でも、マユはちぃちゃんのこと離す気、ないんやろ」
「……」
「やから、覚悟はあんのかって聞いてんだよ。マユに出会わなかったら、きっと幸せになれたはずのちぃちゃんの人生をぶち壊す覚悟があんのかって。……ちぃちゃんは、マユが思ってるよりずっと普通の女の子で、〈薔薇区〉で生き残れるほど強くない。そのうち搾取される側になる。その前にマユが消されるかもしれない」