花鎖に甘咬み
「あーあ、マユ、もう帰っちゃうの? つまんなー、俺さみしー」
「思ってもないこと言うな」
「あ、バレた?」
バレるも何も、聞いてるコッチがうすら寒くなるほどの棒読み演技だったからな。つうか、寂しくなるようなキャラじゃねえだろ、そもそも。
「ま、マユにはまたそのうち会えると思ってるからね。次はいつ来るの?」
「知らねえよ。ともかく、鍵、渡したからな。テキトーに返しとけ」
「ほんとマユってさあ、愛想ないくせに人使いだけは荒いよね。簡単に言ってくれるけど、〈黒〉の管理棟に入り込んでアレコレするって普通にリスクやばいから」
「どうせお前なら余裕だろ」
「はいはい、わかった、わかりましたよー。マユに免じて任されてあげる」
「ああ」
「そこは “ありがとう” くらい欲しいところだよね。ま、マユに限って言わないのは知ってるけどさ」
肩をすくめた伊織と俺とをきょろきょろと見比べて、ちとせが居心地悪そうに体を縮めた。俺らが話す内容の半分もわからなかったのだろう、困ってます、とそのまま顔に書いてある。
握ったままのちとせの手をぐい、と出口に向かって引くと、キラキラの瞳がぱ、と俺を見上げた。
「もういいの?」
「ああ」
「いいんだよ? 伊織さんと話してて。大事な話なんでしょ? なんだったら私、耳、ふさいどくもん」