花鎖に甘咬み
言いつつ、ほんとうに左手で片耳を覆いはじめる。なんだそれ、可愛いな。
とか思いながら、完全に耳をふさぎきる前に首を横に振った。
「いやいい、終わった」
「ほんと……?」
「ホント。つか、伊織の話はもう聞き飽きた。今度はちとせの話が聞きたい」
「わ、私の話?」
「そ」
「待って、私、伊織さんみたいに有益な情報なんて持ってないよ……!? 役立たずだよ!?」
おろおろと慌てはじめるちとせに、ふ、と笑う。
ちとせの声で、ちとせの紡ぐ言葉を聞いていたい。
役に立つとか立たないとか、どうでもいいが、ただそう思ったままに口に出しただけだ。
「ほら、出るぞ」
ギイ、と重厚な扉を押し開ける。室内のランプの青色と、外の薄暗い灰色の光が境目でまじり合う。
ちとせの手をきゅっと握り直して、引くと。
「真弓、手繋いでくれなくても、私ひとりで歩けるよっ」
「お前すぐ迷子になるだろ」
「ならないよっ! 子供じゃないもん!」
いい加減手を繋ぐのも恥ずかしくなったのか、ちとせな真っ赤な顔で睨んでくる。伊織の前だからってのも、あるかもしれない。
つか、睨んでてもコイツ、全然怖くないな。
「いいから大人しく着いてこい」
手を離す気なんて、こちとら1ミリもねーんだわ。悪いけど。
むしろ、ぎゅっと一層力をこめてやった。潰れてしまわない程度に。
「んな横暴な……!」
ぎゃうぎゃう文句たれるちとせに軽く笑って、扉の外へと足を踏み出す。
手を離す気なんてねえよ。
だって、お前、手なんか離したらすぐにどっか行ってしまうだろ。俺の手が届かないような、遠い遠いところへあっさり消えてしまうだろ。
だから、捕まえとくんだよ。手錠をかけるみたく、ちとせの手を掴んでおく。
そして、手を握る度、実は、その小ささと柔らかさにいちいちビビっていることなんて、ちとせは一生知らないままなんだろう。
薄く息を吐き出して、後ろに扉を閉める────寸前、伊織が釘をさすように俺の背中に言葉を放った。
「マユ。ちゃんと考えときなよ、さっき、俺が言ったこと」
× × ×
ギイ、と再び閉ざされた扉の中、北川ちとせと本城真弓が立ち去ったあとの店内で、宍戸伊織が独りごちる。
「マユはいつまで〈薔薇区〉に囚われているつもりなんやろうか」