花鎖に甘咬み
「あ! じゃあ、シチューとか……」
「シチュー?」
なぜか、真弓がぎょっとしたような顔をする。
ええ、そんな顔されると急に不安になってきた。
「だ、だめだった?」
「いや。お前、どこまでも庶民派だな。まじで、いいトコのお嬢様なのか普通に疑う」
「だってシチューおいしいもん……あったかいし……」
「つか、シチューって煮込むだけじゃん。もっと凝ったもの言えばいいのに、せっかくなら」
「……えと、カルパッチョとか、マリネとか、ムニエルとか?」
頭をしぼって、ひねり出した横文字を並べる。
ううう、と眉間にシワを寄せる私に真弓は軽く笑った。
「シチューにするか」
「えっ、いいのっ?」
「食いたいんだろ」
「うんっ!」
こくっと頷く。
ぱあっと目を輝かせた。だって、シチュー、楽しみ。それに真弓が作ってくれるなんて、楽しみが倍増だ。
「なら食材買いに行くぞ」
「冷蔵庫にはなにかないの?」
「空」
「え゛っ」
冷蔵庫がからっぽって、人間が生活していて、そんなことってありえる……? たしかに、真弓の隠れ家は、無機質で生活感がなかったけれど……、それにしても、だよ。
「……真弓って、普段なに食べるの?」
「さあ? 食わねえな、あんま」
「え、朝ごはん食べないだけじゃなくて?」
「ああ」
「えええ……お腹すかないの?」
私の体だったら信じられない、ありえない。
体内時計がきっかり空腹をお知らせしてくれるんだもの。
私をふと見下ろした真弓が、口角を少し上げた。
「ちとせといると、腹減るな」