花鎖に甘咬み
× × ×
〈薔薇区〉にはお店らしきお店が全然ない代わりに、地下が市場みたいになっているんだって、真弓が教えてくれた。必要な食材をそこでひととおり買い終えて。
「あ、真弓。そっち、私が持つ!」
真弓が両手で持ってくれていた買い物袋たちの、片手分を奪い取る。
わわっ、意外と重い。よろめきながらぱんぱんに膨らんだ買い物袋を抱え直すと、真弓が眉を寄せて心配そうに見てくる。
「いや、別にちとせの力借りなくても、俺だけで余裕」
「そんなことわかってるもんっ」
「は? いや、だから俺が持ってくだろ」
返せよ、と真弓が腕を伸ばしてくるけれど、それをひょいとかわした。
「私も持ちたいの! 買いもの気分を味わいたいんだもん」
「はあ?」
「だって、私、こんな風にお買い物するのはじめてだし……」
食材を自ら買いに行くことってない。
それは、柏木たち執事やメイドの仕事だった。着いていきたいって言っても、連れて行ってくれなかった。
それも当たり前かもしれない。だって、柏木たちにとっては、あれがお給料をもらってするれっきとした仕事だったんだから。
でも。
「ずっと憧れてたんだもん。本で読んだことあるんだから。セールの日にはスーパーに行って、袋がパンパンになるくらいお買い物をして、袋をはんぶんこにして持って、帰り道、今日の夕ごはんの話をするんでしょ?」