花鎖に甘咬み
聞こえてくるメロディーは、一瞬、生の演奏かと思ったけれど違った。ところどころにザーッと入るノイズに、スピーカーから流れてきているのだと気づく。
きょとんとしていると、真弓が呟いた。
「もうそんな時間か」
「え?」
「この時間になると毎日流れんだよ。ココが〈薔薇区〉になる前から設置されてるスピーカーだ。もう壊れかけだがな」
「へえ……」
それにしても綺麗な曲だ。
クラシックだけど、知らない曲。
チェロに、ヴィオラ、それからヴァイオリン……弦楽四重奏かあ。メロディーを聞いていると、ついクセで、左手の指を音に合わせて動かしてしまう。
その仕草に気づいた真弓が首を傾げた。
「弾けるのか」
「あ……、うん。ヴァイオリン、少しならね」
「ふは、さすがオジョーサマ」
「だから “元” だってば!」
「あー、はいはい」
一般教養だからと、習っていたことがある。
ヴァイオリンの先生、厳しかったし怖かったなあ。もともと好きで始めたわけじゃなかったから、レッスンは苦痛だった。たまに褒めてもらえると嬉しかったけれど。
それにしても。
「真弓は楽譜とか、読めなさそう」
音楽と無縁の人生を送ってそうだもん。
真弓が楽器に触れているところって、あんまりイメージできない。
「いや。読める」
「えっ」
「ピアノ、弾けたしな」
「え゛っ」