花鎖に甘咬み
「真弓の頼みだから、って言いますけど……。真弓は〈赤〉を抜けたんですよね。それなのに、助けてくれるんですか?」
燈さんは、〈赤〉のトップのはずだ。
そこから去っていった真弓のことを気にかける理由もなく、むしろ、敵視したっておかしくはない。現に、花織さんは、真弓が〈赤〉を抜けたことを良く思ってはいないわけで。
「僕は、真弓が〈赤〉を離れたなんて思ってないよ」
「……え?」
「そりゃあ、形式的には真弓は〈赤〉を去っていったことになるけどね。僕は、今でも真弓のことを仲間だと思ってる。大切だからね。……特に、僕は、真弓が〈薔薇区〉に来たときから知ってるから」
純圭さんの話が頭をよぎる。
荒れていた〈猛獣〉の真弓を、燈さんと純圭さんでおさえたっていう────。
「それに、いつか真弓が僕から離れようとするのは予想がついてたことだしね。いつものことだからさ」
「いつものこと?」
「アイツは親しくなればなるほど、距離を取りたがるから。ちぃちゃんもわかるじゃない? 真弓って、自分から単独行動するくせに、それを心から望んでるって感じじゃないでしょ」
ああ、それは、すごくわかる。
他人に興味がなさそうで、誰かと一緒にいるのが煩わしそうで、でもほんとうは、人と話すことも、人と一緒にいるのも……。ほんとうは、誰かのそばにいたがっているように見える瞬間がある。
そうだ。
だから、純圭さんに『人心を不要だと切り捨て、孤独に生きる』────それが真弓だと言われたとき、猛烈な違和感を覚えたんだ。
「僕は、ずっと真弓を心配してるんだよ」
燈さんは静かに目を伏せる。
「アイツは、孤独が好きなんじゃない。誰かと一緒に生きることを、諦めてるだけだから」
「諦めてる、だけ……?」
でも、それは。
そんなの。
「真弓は、どうして────」
率直に疑問を口にした私に、燈さんは柔く微笑む。
そして人差し指を唇にそっとあてて、軽く首を傾げた。
「昔話をしようか」
「……え」
「〈薔薇区〉の真実と、〈猛獣〉────本城真弓の物語を」