花鎖に甘咬み
「ほんとうに〈外〉の治安を維持する、なんて高尚な目的で成り立っていたらどんなによかったかって思うよ。〈薔薇区〉の正体は、もっと異質で、ざらざらしてる」
ブラックコーヒーで底の見えないマグカップの深淵を、燈さんはじっと見つめて、言葉を続ける。
「穢れた場所だ。思惑と利害がどろどろに煮詰まって澱んでるんだよ。ここでは、ずっとね」
「それは……」
「ねえ、どうしてココには男ばかりいるんだと思う?」
「え」
「それで、どうして、最年長が僕なんだと思う?」
言われてみれば、と思う。
私がこの街で出逢うのは男の人ばかりで。
監獄というからには、老若男女問わずひしめきあっていてもいいような場所なのに、同じような年代の男の人たちばかりで成り立っている。
「わからない、です」
「答えは、簡単なことだよ」
燈さんは静かに目を伏せる。
その横顔は、ひどく切なげに見えた。
「すぐに “いなくなる” から」
「……っ?」
「ココでは、弱い人間から順番に “いなくなる” 」
弱いひとから順に、いなくなる?
「どういう、意味ですか」
「言葉どおりの意味だよ」
燈さんは目を伏せたまま、首を傾げた。
「誰かから聞かなかった? 〈薔薇区〉は搾取の街だって」