花鎖に甘咬み


指の震えがカップに伝わって、コーヒーの水面が細かく揺れる。

対して、燈さんの持つカップの中にはさざ波ひとつ生まれない。


すべてを受け入れて穏やかに微笑む燈さんが、そこにはいた。




「燈さんは、それで、いいんですか……?」




私なら、そんなの許せない。
そんなひどい仕打ち、飲みこめる気がしない。


思わず眉間に鋭く刻んだしわに、燈さんは「ふはっ」と吹き出した。




「僕は、ちぃちゃんみたいに、まっすぐな人間じゃないからね」

「……?」



「“害になるとみなされた“ならず者”を閉じこめておく事実上の監獄” っていうのも、あながち間違いじゃないんだよ。あの人たちだって、誰彼構わず〈薔薇区〉にぶち込むなんてことは、さすがにしない」



「どういうこと、ですか」



「〈薔薇区〉に入れられる人間は、目をつけられるだけの“何か”があるってこと。犯罪とまではいかなくても、それこそギリギリのことをやらかしてたりね。僕も、花織も伊織も、たとえば純圭も────〈薔薇区〉の住民になるだけの“過去”を持っている」



「過去……」

「申し訳ないけど “過去” の内容についてはシークレットってことにさせてね。プライバシーに関わってくるからさ」



こく、と頷く。




「それに、僕たちは自分で選んでココにいるんだよ」

「えっ?」

「目をつけられるだけのことをした僕らには、眼前に突きつけられるんだ。ふたつの選択肢をね」




2本指を立てた燈さん。

朗らかなピースサインと語られる重苦しい内容が対照的だ。




「〈外〉で処罰を受けるか、〈薔薇区〉の住民になるか。つまり、この街にいる人間はみんな、〈薔薇区〉にいることを選んでる。だからってすべてを受け入れている訳じゃないだろうけど、それでも、理解はしてる」


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