花鎖に甘咬み
そこで言葉をとめた燈さんは。
はじめて、重くて長い吐息をこぼした。
「……ただし、本城真弓を除いて、だけどね」
急なタイミングで差し込まれた真弓の名前に、肩がぴくりと跳ねる。
「っ、それは、どういう」
「真弓は、〈薔薇区〉において、たったひとりのイレギュラーだ。選んでココにいる僕らとは、全く────全く、違う」
言葉に迷うように、慎重に選ぶように、ほんの一瞬視線を上に泳がせた燈さんは、次の瞬間、はっきりと口を動かした。
「本城真弓は、〈薔薇区〉に売られた。金と引き換えに真弓をこの街に売ったのは、真弓の実の父親だ」
「……え?」
心臓が嫌な音を立てる。
ぎしりと軋んで、まるで止まってしまうかのような錆びついた音。
「真弓は、本来、こんな薄暗いところにいるはずのない人間なんだよ」
切なく重く口を動かす燈さんは、それでも言葉を紡ぐ。
紡がれていくのは、簡潔で、それでいて永遠のように長い昔話。
「真弓は、何も最初から愛されていなかったわけじゃないんだ。だからこそ、余計に残酷なんだよ」
「……」
「本城真弓は〈外〉で生まれた。政界の中層を担う若きエリートの父親と、彼を支える献身的な母親の間に。間もなくして弟が生まれて────そう、なに不自由なく暮らしていける、なんの変哲もない仲睦まじい普通の家族だった」
空いていたピースを埋めるように、話が繋がっていく。
真弓の口から、ほんの少しだけ明らかになっていた家族のこと、昔のこと。
「それが変わってしまったのは、真弓が中学生になった頃だ。その頃〈外〉では政界の熾烈な権力闘争が起きてね。いかにして狩るか狩られるか、騙すか騙されるか……そういう目まぐるしい渦の中にいると、だんだんおかしくなってしまうんだろうね」