花鎖に甘咬み
「それでも、最初のうちは上手くやれてたんだよ。真弓は物わかりがいい、自分の置かれている立場を正確に理解することができるから。父親のジャマをしないように、気を悪くしないように、優秀な息子でいられるように……それで、同居できていた」
過去形に、手のひらを握りしめる。
強く、強く握ると、爪が手のひらに食いこんだ。
「────でも、ダメだった。父親の中では、『離婚』という1バツがついた時点で、家族なんて厄介以外の何物でもなかった。1度壊れてしまったらそのままで、彼にとって真弓は、ずっとジャマで、どこかに捨ててしまいたいってのが本音だったんだろうね」
ぎゅっと、これ以上なくこぶしに力がこもる。
痛い。
痛いのは、爪がささる手のひらじゃなくて、心だ。
「汚職だかなんだか、借金を抱えた彼は、金の工面のためにもちかけられた。息子を売らないかってね。────もう、わかるよね。彼は、迷いなく突き放したんだよ。真弓を、この、穢れた街に……大金と引き換えに」
「そんな……こと……っ」
「普通はありえないよ。ありえないし、あっちゃあならない。だけど、タイミングが合ってしまったんだ」
記憶をたどるように、燈さんはちらりと視線を上に向ける。
「覚えてるよ。真弓がここに来たときのことは、今でも鮮明に」
「……暴れた真弓を、純圭さんとふたりで押さえたって……」
「ああ、その話はもう誰かから聞いた?」
「純圭さんから……ちょっとだけ、ですけど」
「へえ。純圭がね」
少しだけ目を見開いた燈さんは、すぐに平静に戻って。
「そりゃあもう凄かったよ。リミッターなんてあったもんじゃない。街が全部崩壊するかと思うくらい荒れ狂ってた。男も女も関係なく巻き込むし、こいつは一刻も早く止めないとヤバいぞっていうね」
「そ、そんなに……」