花鎖に甘咬み


ジャリ、と地面を踏みしめるたしかな音。
倉庫の外に出ると、キンと冷えた風が頬を撫でた。

夜明けはまだ遠くて、月明かり。
暗い街に、月光だけが眩しい。




「いいか、お前、離れんなよ」

「っ、わかってるよ」

「そう言うヤツほどすぐ無茶すんだよ。特にお前は」

「そんなことないってば」




真弓と言葉を交わしていると不安が溶けていく。

不安が和らぐと、頭のなかを支配するのは燈さんから聞いた真弓の “物語” 。


フィクションなら、どんなによかったか。
なのに虚構だとは、どうしても思えないのは────。



「万が一のときには俺を盾にすればいい」

「っ、できないよ! 盾になんか!」

「なんでだよ。好きに使えばいいだろうが」


「それって、私の代わりに真弓が怪我するってこと、だよね? そんなの、ありえないから……っ!」


「はあ?」

「真弓は、もっと、自分の体を大切にしてっ」


「別に、俺の体なんざどうでもいーんだよ。守る価値もねえ」

「……っ」



あの話をノンフィクションだと思えないのは、こうして真弓がすぐに自分をないがしろにしてしまうからだ。


絶対に認めたくない、信じたくない “物語” なのに、あれが真実なのだと真弓の言動で思い知らされてしまう。


その度に、私の方が傷ついてしまうのは、おかしいのかな。


でも……。




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